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衣食住をかついで歩くJohn Muir Trailへの旅

山戸ユカさんに聞く、ロングトレイル悲喜交々

VOLUME.1

MARGARET HOWELLのカフェ店舗で7年ほど勤務し、
現在、都内3店舗のキッチンリーダーをつとめる緑川千寿子さんは、
今年の8月下旬から、約1ヶ月にわたってアメリカ「John Muir Trail」への旅に出た。
連載では、トレイル経験者のインタビューや緑川さんの準備の過程、
現地のレポート、そして旅の回想を順に更新し、彼女の挑戦をドキュメントする。
VOLUME.01では、料理研究家・山戸ユカさんにインタビュー。

Interview by Chizuko Midorikawa (ANGLOBAL)
Photographs by Shota Matsumoto
Edit & Text by Yoshikatsu Yamato (konktakt)

John Muir Trailとは

アメリカはカリフォルニア州、ヨセミテ国立公園から、本土最高峰のマウント・ホイットニー(標高4,418m)までの約340kmを結ぶロングトレイル。国立公園システムの確立に貢献した自然保護の父、ジョン・ミューアの功績を称えて整備されたコースは、エメラルドグリーンの湖と豊かな森林が広がる一帯もあれば、視線をさえぎるもののない荒涼とした風景もあり、変化に富む。世界中のハイカーが、標高や時間帯によってシエラ・ネバダ山脈の山々が見せるそんな多彩な景色に魅了されてきた。日本には、作家・加藤則芳『ジョン・ミューア・トレイルを行く―バックパッキング340キロ』(平凡社)の出版により、「ロングトレイル」の概念とともに紹介。およそ東京から名古屋までの距離があるコースには、道標のほかに人工物、ましてや宿泊施設はほとんどない。テントで寝泊まりし、食事は自分の背負っているものを。ハイカーが残すのは足跡だけだ。

John Muir Trail への出発を1ヶ月後に控えた緑川さんは、トレイルの経験者であり、山やアウトドアでの料理を提案し続けてきた料理研究家の山戸ユカさんに、ぜひ話を聞きたいと思っていた。

伺ったのは、山戸さんがご夫婦そろって東京を離れ、2013年に八ヶ岳のふもとに開いたレストラン「DILL eat life.」。信頼関係のある農家さんから仕入れた旬の食材で、その日いちばんおいしい料理を出すのがモットー。小川のせせらぎ、風に葉がゆれてたてる音、虫や鳥の声にかこまれたお店は、菜食やアウトドア料理を得意とする山戸さんらしさのつまった、自然との繋がりをダイレクトに感じられるレストランであった。

緑川千寿子 ランチとても美味しかったです。

山戸ユカ ありがとうございます。

緑川 私にとって、アウトドア料理と言えば山戸ユカさんです。やっぱり、山やアウトドアとの付き合いは長いですか?

山戸 いえ、そうでもありません。学生時代はバスケに打ちこむ部活少女で、20代のときに飲食店で働きはじめてからは料理一筋。若い頃は夜遊びも楽しくて、クラブ通いの日々でした。都会での遊びもしっかりしているんです(笑)。

緑川 そうなんですね、意外です!

山戸 「山」や「アウトドア」というより、最初は「旅」でした。旦那と約1年かけて一緒に海外を放浪したこともあります。旅から戻って、彼が就職したのがアウトドア関係の会社。それをきっかけに山と出会ったんです。

緑川 John Muir Trailへ向かったのはどうしてだったんでしょう。

山戸 国内の山にはさんざん登っていました。そうなると自然に海外へ目が向き、最初はやっぱりJohn Muir Trailだろうと。ロングトレイルの聖地と言われているコースですからね。そのころ私は料理研究家として雑誌に取り上げていただいたり、本を何冊か出したタイミングで、それらをまとめる集大成を、とも考えていた時期でした。あと、出発前に「DILL eat, life」をオープンすることが決まっていたんです。アメリカには2ヶ月滞在して、1ヶ月はトレイル、もう1ヶ月は街で過ごし、料理や内装のインスピレーションを得ようという目的もありました。

「ぜひランチを食べてほしい。伝わることがあると思うので」と言っていただき、取材の前にまず腹ごしらえ。ビーツとジャガイモとフェンネルの冷製ポタージュは、夏にうれしいさわやかな風味ながら、ぽってりとやさしい舌触り。

平飼い卵の玄米スパイスオムライスは、玄米にまぜこまれたきのこがかむほどに旨味をだす。そして卵の包容力、すごい。

緑川 料理研究家としての一区切りや、ご自身のお店のオープン。ターニングポイントとしてJohn Muir Trailがあったんですね。料理家さんの集大成となると、食材もかなり持って行ったんでしょうか?

山戸 はい。他の荷物も含めてですが、いちばん重いときで25kgぐらい。

緑川 すごい、重過ぎる(笑)。

山戸 そう、ウルトラヘビーです。でも、万全の体制で挑みたかった。料理に関して一切妥協せず、できる限りのことをしたかった。食材もなるべく諦めず、生米も持って行ったんです。とはいえ、今ならもっと軽くして行きますけどね(笑)。当時と比べて、道具や上手に使える加工食品はいろいろあるし、事前に知ることのできる情報もたくさんある。25kgという無茶ができたのは、当時だったからかもしれません。

緑川 確かに、私はこうして山戸さんにお話を聞くことができるし、書籍やブログなど、さまざまな情報源があります。SNSを検索すれば、現地のリアルタイムな情報にもアクセスできる。アウトドアの楽しみのひとつは、見たことのない景色を見たり、未体験の場所へ踏み込むことだと思いますが、事前にたくさんのことをインプットできる現代では、情報との付き合いかたを考えさせられますね。

山戸 確かに。冒険は減ってしまうかもしれません、知り過ぎると。

緑川 心配性でつい調べ過ぎてしまいます。何を準備したらいいのか、調べれば調べるほどやるべきことがある気がしてパンクして、準備が進まなかったり(笑)。これだけはしておいたほうがいい、という準備はありますか?

山戸 食事の計画や、持ち物の準備も大事だけど、なにより体力づくり、脚づくりはしておくといいと思います。

緑川 実は、登れてないんです、最近。

山戸 John Muir Trailには両手がとられるような急傾斜はありません。でも、とにかく長い。1日に20kmを歩きます。後半なんかは、1000m上がっては1000m下る、そんな標高差の経験が1週間、毎日続きます。だからトレーニングをしておくに越したことはない。

緑川 ラ、ランニングはやっています。あと、髪を乾かしながらスクワットをしたりとか。

山戸 駅は必ず階段を使う。10キロの米を担いで出勤するとか(笑)。食料を補給した直後は、ガツンと重くなりますから。

緑川 頑張ります! 思い出すなあ。テスト期間の一夜漬け(笑)。明日から頑張ります!

山戸 今日は?

緑川 う(笑)。

山戸 (笑)。脅しているわけではないんです。でも、ちょっと心配で。それに、自信を持って行くのは大事だと思う。不安に気をとられなければ、景色がクリアに見える。脚ができていれば、「痛い」「しんどい」って思いながら歩くのとは違う景色が見える。こうしてアドバイスをしている私も、当時は本当にしんどかった。書いていた日記を見返すと「足痛い」「腹へった」とか、そういうことばかり。ヘトヘトになるまで歩いて、あたりが真っ暗になって書いたことです。

緑川 「足痛い」、「腹へった」。シンプルで切実。

山戸 思ったことそのまんま。あと、「今日のご飯うまかった」とか(笑)。

緑川 私、自分がどうなっちゃうのか全然想像ができないんです。それが楽しみでもあって。

山戸 出発前の醍醐味ですね。旅先は同じでも、条件や持ち物の重さ、コンディションがそれぞれ違うのは当たり前。だからこそ感じることも違うのでしょうし、それに緑川さんはお若いから、どうにかなりますよ。

緑川 そう言ってもらうと、安心しちゃいます(笑)。そういえば、山戸さんは旦那さまとお二人でのJohn Muir Trailだったと聞いています。私もパートナーと二人でのトレイルです。旦那さまとの関係はどうでしたか?

山戸 喧嘩は全くしませんでしたね。

緑川 私も喧嘩だけはしないようにと肝に銘じています。

山戸 大丈夫。吊り橋効果ならぬロングトレイル効果。サバイバルな環境では、お互い協力し合うしかないですから。

緑川 心強いお言葉です。

山戸 食事は私、行動食は彼、という分担をしていましたが、途中、彼に任せていた行動食のプランが崩れてしまったんです。

緑川 重大なハプニングじゃないですか。

山戸 そう。命に関わる大問題。でも、周りを見渡しても、大自然あるのみ。頼れる人は彼以外いない。本当にそういう状況なんです。だから、心の中で怒りが湧き上がりつつも、静かに受け止めました。喧嘩はしないほうがいいとわかっているから、いつも以上に気を配りました。

緑川 道具も分けて持ちますからね。

山戸 そうそう。「もういい!」なんて喧嘩別れをしたら、私にはテントのシートがなくて、彼にはポールがない。二人とも寝る場所がない(笑)。

緑川 それは困る。「食」も「住」もままならない。

山戸 怪我や疲労で彼が動けなくなってしまったら私も困る。逆もそうです。だから、どちらかの足が痛くなればマッサージをしてあげたり、いたわりあう。そう考えると、仲がいまいちな人ほどJohn Muir Trailに行くといいんじゃないかな。いわば、ロングトレイル療法(笑)。でも、つい忘れてしまいがちだけれど、互いに助けあったりするのって、ロングトレイルでなくてもそうですよね。「普段」だって、小さな助け合いがあるから、つまずかずに続くものだと思います。John Muir Trailはある意味とても極端な状況ではあるけれど、そうした旅のなかで生まれるふるまいは、日常でも続けていけることかもしれないですよね。日常と旅はそれほど分けられることではないのかな、と思ったり。

緑川 確かに。じわじわ旅の準備を進めている最近、よく思います。未来のことを頭に入れて自分の持ち物を考えることって、旅のための行為ではあるけど、普段も、それと近いことをしているような気がします。パッキングが苦手なところって、すごく自分らしい(笑)。「普段の自分」ってこうなんだろうなってところが、凝縮してあらわれますよね。

山戸 うんうん。こうしてトレイルについてお話しする機会があるたび、もちろん、自分が数年前に行ったJohn Muir Trailの話をしているけれど、もっと大きいことというか、日常とも共通する話をしている気になることがあって。日常もなにかと、上がり下がりがあるものですし。

緑川 そうですね。山戸さんはトレイルを進んでいくあいだ、心境はどう移り変わっていきましたか?

山戸 前半は、ずっと「しんどい」。20キロを超える重たい荷物を背負って、なんども峠を超える。そりゃしんどいことです。でも、歩き続けているとたくさんの美しい景色に出会う。そのたびに立ち止まって、感動する。

緑川 楽しみです。

山戸 でも、ずっとそこに居るわけにはいかない。また歩きはじめないといけない。

緑川 そうか。

山戸 なんでこんなに綺麗なところを、通り過ぎていかないといけないんだろう。そのとき感じたのは「さびしさ」でしたね。もっとゆっくりしていたい。でも、ここにとどまっていたら、食べ物がなくなってしまう。進まないといけない。でも、もっとここにいたい。もちろん、さびしい気持ちだけではなくて、歩きたい、さらに進んでいきたいって気持ちも芽生えます。この先にも美しい場所があると思えるし、単純に、歩き通したいという気持ちも強くなる。でも、出来ることならもっとここにいたい。そんな葛藤をかかえて、どうにか言葉にするなら「地球ってすごいなあ」という景色のなかを歩いていきます。

緑川 わくわくしてきました。

山戸 後半の高山帯はとにかく見晴らしがいいので、向かっている場所が見通せるんです。歩いてきた道も見える。進行方向を見て、「まだまだ遠いな!」と思っては、振り返って、「こんなに歩いたのに!」とがっかりする。「せっかく登ってきたのに、またくだるのか! もう!」みたいな。歩きながらツッコミを繰り返す。しんどいけど、ちょっと楽しくなってくる。

緑川 そんなトレイルにも終わりが来ますよね。私にはまだ先の話ですが。その頃の心境はどうですか?

山戸 もちろん、長かったトレイルが終わる名残惜しさがあります。達成感もひとしお。でも、はやくビールが飲みたい、ピザにかぶりつきたい、という食欲も、平気でふつふつと湧いてくる(笑)。

緑川 最後は食欲が(笑)。

山戸 そうそう。体は正直なんです。

VOLUME.02では、山戸さんがJohn Muir Trailで実際につくって食べた至福のパンケーキ、トレイルを歩き終えると同時に暴れ出した食欲、John Muir Trailを歩いたことで着想、去年ついに商品化にこぎつけたトレイルフード「The small twist」など、より「食」にフォーカスして話を聞いていきます。

  • 山戸ユカ

    料理研究家、「DILL eat, life.」オーナーシェフ。2013年に生まれ育った東京を離れ、八ヶ岳へ移住。玄米菜食とアウトドア料理を得意とし、その日採れた1番美味しい素材を使った料理を提供するレストラン「DILL eat, life」で腕を振るうほか、イベントへの出店やケータリング、料理教室も行う。

    TEL: 0422-26-9707

  • 緑川千寿子

    マーガレット・ハウエル 神南カフェで7年間を過ごし、現在はマーガレット・ハウエル カフェ3店舗のキッチンリーダーを務める。大好きな漫画や食にまつわるエッセイを片手にお酒を嗜むことが何よりの至福。

  • DILL eat, life.

    山梨県北杜市長坂町大井ケ森984-6
    11:00-14:30(13:50 L.O.) / 17:30-21:00(20:00 L.O.) (火・水休/月はランチ営業のみ)

    TEL 0551-45-7512