建築家・青木淳のおおらかな住宅を訪ねて
#ART&CULTURE

「落ち着く空間」を考える

建築家・青木淳のおおらかな住宅を訪ねて

VOLUME.4

150年以上にわたって、シンプルな日常着を美しい素材で作り続けている「SUNSPEL」の表参道店で
スタッフをつとめる中山さんは、自宅での読書や、出かけたさきで建築を体験することが趣味。
連載では、彼女が出会った詩人・建築家の立原道造を通し、「落ち着く空間」について考えていきます。
前半は、立原が構想し、没後に実現された週末用住宅の「ヒヤシンスハウス」を訪れ、
後半では、青森県立美術館や京都市京セラ美術館といった公共建築から、商業施設、
さらには個人住宅までを手がける、建築家の青木淳さんに、
ほっとする空間について、話を伺っていきます。

Edit by Yoshikatsu Yamato(kontakt)
Photography by Yurika Kono

中山 今日は、青木さんが設計を手掛けた住宅に伺わせてもらっています。施工の方々がいらっしゃって、今まさに現在進行形で、完成に向かっている雰囲気がありました。

青木 僕はこれまで、住宅の建築にアルファベット1文字を振ってきています。この家は「F」。今はクライアントに引き渡す前に、最後の仕上げをしている段階です。

中山 インタビューに移るまえに、青木さん直々にツアーのようなことをしていただいて、ありがとうございました。

青木 いえいえ。

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中山 ツアーは外からスタートしました。感想をお伝えしながら、振り返りたいと思います。まず、この住宅は、立ち位置によってがらりと印象が変わるようでした。

青木 ほぼ左右対称で、ものとしては非常にシンプルなかたちです。でも、立つ場所によって、表情は違って見えたでしょう。

中山 はい。隣接する住宅との関係もあるのでしょうか。角ばった直線が多く感じられる方から見ると迫力があって、反対側から眺めると、懐かしいような素材の屋根が違和感なくまわりと馴染んでいました。屋根の曲線のせいか、きのこみたいで、かわいくもあって。

青木 この立地にあることが許されている感じになっているといいですね。

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住宅地のなかに三角屋根が馴染んでいながら、どこか浮いてもいるような軽い印象。

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ガレージ部分の角ばったボリュームは、植栽に彩られて中和されつつ、迫り出てくるよう。

中山 建築家さんの手がけるコンクリート建築というと、インパクトが強いイメージが個人的にあったけれど、ここは全体が柔らかい。コンクリートの建築で、こうした印象を抱いたのは初めてかもしれません。

青木 たしかに、かたい感じのする素材で単純なものをぽんと置くと、シンボリックになってしまうんです。モニュメンタルというか。

中山 東京タワーや、パリのエッフェル塔といった街のシンボルは、どこからどう見ても、同じかたちですね。

青木 見る視点が変わっても変化がないことが「象徴性」を生みます。それに対して、見る場所によって違うものを作るのは、左右非対称にして、かたちを複雑にして、折衷的につくればいい。しかし僕としては、強くて単純な構成なんだけれども、おおらかに見えるようにしたかったのですね。矛盾が含まれているかもしれません。強い形を持ちながらも威圧的でなく、ゆるやかなものにしたいということだから。

中山 単純な構成にこだわるのは、なぜですか?

青木 上階に居間があって、下の階に個室がある。この家はそれだけです。家族はふだん上の階にいて、眠るときやお風呂に入るときは下に行きます。その動線って、単純といえば単純。それなのに、建築が複雑である必要はなく、そのシンプルさのままでいいと思うのですね。空間のほうがあれこれ先回りしてしつらえちゃうのはどうかな、と思うわけです。生活のなかで必要とされる機能はシンプルに配置しつつ、あとは好き勝手に使ってくれればいいと考えたので、なるべく単純にしました。

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中山 1階は、廊下が中央にあって、左右に個室がある。ここも、すごく分かりやすい配置ですよね。

青木 廊下は、この住宅の「背骨」。三角屋根を支える2本のコンクリートの塔をむすぶ回廊です。

中山 興味深いたとえですね。個室のドアがすべて閉まっていると、壁の厚さのせいでドアノブが見えませんでした。がらんとして神殿のようで、廊下は閉鎖的でもある。

青木 非人間的に見えるかもしれません。

中山 一瞬、ひやっとさえしました。室内に入っても、まだ外みたいで。コンクリートの色合いもかすかに赤茶がかっていて、武骨な雰囲気です。

青木 そんな緊張感のある空間が、この住宅の中心にある。

中山 しかし、1階の個室や、2階に行くと、淡い色の壁が目に入って、空間がふっと軽くなる。

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青木 この住宅の1階は半地下になる部分があるので、どうしても湿っぽくなります。だから、厳しい色よりも、柔らかい色がいいと思っていました。中央の廊下の厳しさがあるので、よけいにまったく違う世界に感じられますね。

中山 ギャップがありましたね。

青木 パステルカラーの壁は、いわば「パーティション」として見せたかった。あえて仮設的な印象にしたいなと。

中山 1階の左右の部屋でも色は違うし。お風呂場には一部イエローがあったり、統一されていませんでした。色のチョイスは青木さんが?

青木 いえ。クライアントや、その親戚の方々を交えて、皆で見本帳から選びました。

中山 そのように住まい手のかたに任す部分は多いのですか?

青木 部分の色選びなどは、われわれとしての提案をする部分もあれば、これは何を選んでもいいですよという場合もある。絶対にこれでないとダメだ、ということはあまりないですね。

中山 選択肢を残すのですね。

青木 はい。なぜなら、その家に住むのは僕ではないので。

中山 すごくシンプルな理由。なんだか、青木さんの建築家さんとしてのスタンスを表しているような気もします。

青木 演劇にはシナリオ、音楽にはスコアがありますよね。固定したものはあるけれど、演者が解釈して、自分なりに決める範囲もまたあるわけです。そこから先は、戯曲家、作曲家の問題じゃなくて、それをどう受け取り、どういうものとして演じるか、プレイヤーにとって問題であり、彼ら彼女らの自由です。

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中山 1階から2階へあがる螺旋階段も、廊下と同様、肉厚なコンクリートで、「階段をのぼっている」という意識に集中していくような空間だと感じました。2階に着くと開放的なのは、天井が斜めに高く抜けるからですかね。背骨としての廊下と、各個室や、トイレやお風呂にドアで分かれていた1階とは違い、ワンルーム。とても気持ちがいいです。

青木 ありがとうございます。

中山 窓が広く開いていますが、プライベートは守られている気がします。

青木 視線の抜けが屋根によって限られています。だから、私的な雰囲気は保たれていますよね。むしろこちらから覗いているような気分でいられるというか。この家に住まれる方も、カーテンはひとまず付けなくていいとおっしゃっていました。

中山 壁にはめ込まれた窓もとても素敵です。そこからの景色は絵のようにも見える。壁に沿ったベンチに座って、日中は電気をつけずに読書もできそうです。

青木 外から見ても素敵な窓でありたいと思いました。そこに人影が動いたりなんかする。

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中山 1階の廊下と、2階の印象の違いや、外観の表情の変化もそうですが、細かな部分でも、異なる面が入り混じっているというか、組み合わせられているように感じました。特に、玄関に入ってすぐのところです。螺旋階段が見えて、廊下の壁のコンクリートも見えて、そこにはレンガを敷いた床もある。手前には、シンプルな棚が並んでいます。

青木 意匠を統一しすぎると、生活はしにくいでしょうね。たとえば、雑誌を買って来てそこに置いたら空間が台無しになる、というのでは窮屈ですよね。

中山 整い過ぎていると、かえって大変かもしれません。

青木 まとまっていればいるほど異なるものが入ったとき、それが「ノイズ」になってしまうので、排除したくなるんです。でも、ウツワである建物が寛容でないのはいいことではないですよね。生活には、さまざまな物がついてきます。ならば、建築も、異なる原理でできたものが共存し合って出来上がるべきではないかと思うんです。

中山 そんな考えがあったんですね。

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玄関からの視点。手前から、シンプルなグレーの棚、フローリングの床、白く塗装されたコンクリート、中世の時代のお城に使われていたというレンガを敷いた床、左に通じる廊下の赤茶がかったコンクリート、階段を囲むコンクリートも色合いは微妙に異なり、ばらばら。

青木 この家には、素晴らしい骨董品が置かれると同時に、日常的消耗品が置かれるはずです。どういうものが来ても耐えられる空間にするというのは長年のテーマです。2014年に完成した、プールや体育館を備えた「大宮前体育館」というスポーツセンターは、東京の荻窪のほうにあるのですが、その設計のとき、各地の類似施設を回ったんですね。そのリサーチで気づいたのは、施設の壁やドアにポスターや張り紙がやたらと貼ってあることでした。なかでもびっくりしたのは、扉に男子更衣室と名札があるにもかかわらず、その上に、「男子更衣室」と手書きで書かれた紙を見たとき(笑)。おそらく、「分かりづらい」という苦情によって足されたものですよね。でも、それこそが、公共の体育施設の特徴だと思ったんです。さて、掲示物がぺたぺたと貼られたとしても成り立つというか、質が変わらないつくり方はできないだろうか、と考えました。

中山 とても面白いです。掲示物を想定して、それを逆手にとるというか。

青木 そうですね。つくる側としても、いろんなものがばらばらに同時にそこに集まっていくというやり方をする。ただ、原理はやはり必要です。ランダムな空間だから、とにかくランダムに、というわけにはいかない。それはそれで、ただ崩れてしまう。どうしても骨格はなければいけません。

中山 「寛容さ」の絶妙な問題ですね……。ただ入り乱れるのをよしとするわけではなく……。最初にこの住宅を見せてもらい、いい意味で違和感があったのは、部屋の窓から、日本庭園にあるような石の置物が見えたときでした。ガレージの入り口には、年季の入ったシーサーがいたりもして。

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青木 それらを、いかにも「伝統的なもの」として見せることもできるかもしれません。しかし、そういったしつらえはしていません。立派なものも、立派でないものも、お互いがすんなりと混じりあう空間は、豊かな空間だろうと思います。聖俗入りまじった空間というか。

中山 この住宅は、新築でありながら、新しい感じがそれほどしないというか、外観にも新築の雰囲気がないとも感じました。

青木 それはとてもいいことです。

中山 なぜ、新築らしくないことがいいのですか?

青木 建築はまず、出来上がった時のためのものじゃないですね。その一瞬ではなく、長い時間、ずっとそこに在り続けてしまうものです。なにかとスピードが速い現代においては、常に遅れた存在。いろんなものがモバイルだけれど、建築は動かせませんよね。そういうペースのものなんです。だから、出来上がった状態が「ピーク」ではおかしい。だんだん朽ちていけばいいということはないけれど、最初の姿がやけにぴかぴかで綺麗ということは、つまり、このあと汚くなるということです。そうではなく、長い時間が内包されたようにつくりたいと思っています。だから、いかにも新築、というふうに見えていないという意見が聞けてよかった。

中山 素材や、空間の質を統一しすぎず、加わったものをノイズにしない、ということは空間的なおおらかさで、経年変化などを見越した佇まいにするというのは、時間的なおおらかさとも言えそうです。

青木 なるほど、そうかもしれません。

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中山 さいごに、この連載の「落ち着く空間を考える」というフレーズに立ち戻ってみると、今回、住宅を訪問して、「厳かさ」というか、空間に突き放されるような感覚も、落ち着く気持ちに関係があるように思いました。

青木  背筋が伸びるけれど落ち着く、なんていうありかた。

中山 はい。連載の最初に足を運んだヒヤシンスハウスにも、メリハリはありました。窓を開け放つと、ひたすら気持ちがよくて、風や自然と溶け合うのですが、窓や雨戸を閉めると、ひっそりとして、閉鎖的でした。

青木 ただ開けていて、温かみに満ちて、というのではないのですね。

中山 真逆の印象が背中合わせであるというか、その空間にいて感じられる気持ちにバリエーションがあるんですよね。一辺倒ではない。だから、今回こうして住宅を見せてもらって抱いた、正直な気持ちのひとつには「モヤモヤした」というのもあったんです。この心地よいモヤモヤ感は、ヒヤシンスハウス とも共通している気がします。うまく言えないのですが。

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青木 落ち着く、という感覚は、人それぞれずいぶん違いますね。洞穴みたいに狭いところが落ち着くって人もいれば、広がりのあるところが落ち着くって人もいる。僕個人の話をするなら、いちばん気にするのは朝です。目覚めたときに気持ちいいと感じられる場所というのが大事な気がします。でもね、住宅を設計するときに、それを当てはめるわけではありません。「朝」といっても、起きる時間は人によって違う。つまり、作る側が、いくら狙いを定めて落ち着く場所を作ってあげようとしても、それは本来的に難しいんですよ。ウツワの側が、「はい、ここが落ち着きますよね。ぜひここで落ち着いてください」とやってしまうのはどうも違うのではないか。そうやってしつらえるのは、無理があるんです。

中山 「落ち着く住まい」というのは、ここをこうすれば作れます、というのではないのですね。自分自身がその空間のなかを動いて、視点を変えて、時間の経過とともに感じられる印象が複合的にあわさっていきながら、その合流地点で「落ち着く」は生まれるのかな、と思いました。魅せるための場所は、キャッチーに、ぱっと惹きつけるような空間でもいいかもしれませんが、「住まい」は、いろいろなシーンや動作を通じて、生活するひとがさまざまな感覚をすこしずつ経験できるよう、表情の折り重なっている場所がいいのかもしれません。今日は、貴重な機会をありがとうございました。こうして、現代の建築家さんが新しく作った住宅に行くことができるとは思ってもいませんでした。ありがとうございました。

青木 いえいえ、どういたしまして。

中山 連載はこれでひとまず終了しますが、私はこれからも、連載を通して発見した視点から、建築めぐりを続けていきたいな、と思っています。

青木 どうもありがとうございました。楽しんでください。

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  • 青木淳

    1956年、神奈川県生まれ。建築家。磯崎新アトリエに勤務後、1991年に青木淳建築計画事務所(現在は、ASに改組。)を設立。個人住宅をはじめ商業施設や、《青森県立美術館》や《杉並区大宮前体育館》、《京都市京セラ美術館》に代表される公共建築など、作品は多岐にわたる。著書に『原っぱと遊園地』、『フラジャイル・コンセプト』、編著に『建築文学傑作選』など。

  • 中山沙彩

    生まれ故郷の関西から、2019年に東京に出て、アングローバルに入社。現在は、SUNSPEL表参道店のスタッフとして、日々、お客さんの接客にあたる。休日には、美術館や歴史ある建物に足を運んで建築空間を体験したり、ちょっとした部材のつくりにうっとりしたり。読書も好きで、1日中家に閉じこもっていることも多い、ザ・文化系な一面も。