#OUTDOOR#ULTRALIGHT

衣食住をかついで歩くJohn Muir Trailへの旅

アウトドア用品店オーナー・土屋智哉さんに聞く "ウルトラライトハイキング"の核心

VOLUME.3

ハイキングの方法である「ウルトラライト」を、三鷹にあるアウトドアショップ「ハイカーズデポ」を拠点に広めてきた土屋智哉さん。
アイテムの普及だけでなく、入門書『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)を出版するなど、その方法が持つ哲学についても語ってきました。
過酷なアクティビティからラフなものまで、自然とのやりとりをさまざまに楽しんできた土屋さんに、
ロングトレイルへの出発を控えた緑川さんがインタビューしました。

Interview by Chizuko Midorikawa(ANGLOBAL)
Photographs by Moe Kurita
Edit by Yoshikatsu Yamato(kontakt)

ウルトラライトハイキングとは

自然と濃密な関係を築くためのハイキングスタイル。インパクトのある「ウルトラライト」という言葉からは、軽量化のみを目的とした印象をあたえるが、あくまでも軽量化は手段。「軽さ」は、ハイカー自身がツールの使い道をさまざまに工夫したり、本当に必要なものを見極めていく過程で実現される。シンプルなツールとともに、自然をフラットに感じ取るための方法論こそが、「ウルトラライト」である。

緑川 土屋さんにはいつもお世話になっています。

土屋 ありがとうございます。うちの店名は、「ハイカーズ」に「デポ」と付けています。「デポ」には「貯蔵庫、倉庫」だったり「停車場、駅」という意味がある。道具をはじめ、情報やノウハウをハイカーに伝えられたらいいなと思っています。

緑川 本当にそういう場所です。この連載でもお話を聞いた山戸ユカさんのドライフード、「The small twist」の試食販売会が開催されていたりと、「ハイカーズデポ」は、私にとってロングトレイルの先輩だと思う方々が集まるので、体験談を教えてもらえますし、信頼してギアを買える場所です。

土屋 ありがとうございます。

緑川 売っているアイテムについて教えてもらうことはあっても、土屋さんこうしたお店を持つに至った経緯や、熱意のルーツについて伺う機会は少なくて。まず、土屋さんが「ウルトラライト」に行き着くまでをお聞きしたいです。

土屋 嫌いでしたよ、山。高校生のときとか。

緑川 え、それはびっくりです。登る機会はあったんですか?

土屋 山岳部の部長にやたら誘われていました。でも、その頃、興味の方向はインドアに向いていたから、連れない返事をしてた。

緑川 そうでしたか。

土屋 「山岳部」とか「ワンダーフォーゲル部」って、危険なイメージがあったんです。「ハイキング」や「キャンプ」といった楽しげなイメージは浮かんできませんでした、30年前の当時は。

緑川 私はいいイメージから山登りをはじめました。

土屋 ですよね。今はWebサイトや雑誌からいいイメージが入ってくる。僕の目覚めは、大学受験で浪人をしていたときに読んだ、アウトドア・ライターの芦沢一洋さんの『バックパッキング入門』。あとは、当時のSTUDIO VOICEがプッシュしていたような精神世界の文脈でインドに興味を持って、とにかく旅がしたかった。そこでいう「旅」は、集団行動ではないパーソナルな旅です。

緑川 どんな旅をしていたんですか。

土屋 パーソナルな旅に憧れつつも、結局のところ、探検部に入っていた学生時代は技術の探求にハマり、ストイックなほうにのめり込みましたね。学生時代は、例えば洞窟の調査とか。

緑川 私の知っている「旅」じゃない(笑)。

土屋 洞窟には本来の意味での「探検」があったんです。富士山より高い山は日本にない。それは明らか。でも、洞窟は、「もしかしたら」という領域があった。一番高低差がある洞窟は新潟にあるとされている、でも、もしかしたら、それよりも高低差のある深い洞窟が見つかるかもしれない。そういう状況でした。極端に言えば、地下なら世界レベルにまで話が広がっていく。

緑川 まさか土屋さんが地下に潜っている時期があったとは。

土屋 潜水にもハマっていました。

緑川 そうなんですね。それは海でのダイビングですか?

土屋 いや、水中の洞窟。海洋でのダイビングなら、空気がある開放水面に上がってくるのが講習の基本ですが、水中洞窟での潜水となると、安全な開放水面が存在しない。

緑川 スリルがありますね。

土屋 今思えば、かなり体を張っていました。そういうこともあり、やっている人は少なかったし、マイナーフィールドが好きな僕には、洞窟がぴったりだったんです。

緑川 ちなみに、インドア方面でもオタク気質なところがあったんですか?

土屋 かなり。好きな音楽に出会えば、それについての記事がある雑誌を買って、アルバムのライナーノーツを読み込んで、スタジオはどこで、プロデューサーは誰なのか、ミックスをしているのは誰か、一通りチェックしていました。それと、評価の定まっていないアーティストを発掘するとか。要するにマニアックなところを掘るのが好き。洞窟を歩いたり、いちばんプリミティブな「ディグ」をしつつ、インドア方面でも掘っていた。

緑川 フィールドは違いますが、やっていることはつながっている。そこまでして見たいものがあったんですね。

土屋 はい。でも、今思えば、そのときは全然「ウルトラライト」じゃないです。機材は超ヘビー。重装備もいいところです。

緑川 今の土屋さんとは対極だ。

土屋 趣味とかライフスタイルとしてではなく、一回一回がプロジェクトというか、仕事として捉えていました。達成感を求めているところもあったし。でも、疲れちゃうんだよね。

緑川 ものすごい覚悟でしょうし、達成感も半端じゃないですよね。

土屋 そんなとき、勤め先の友人が波乗りをやっていて、僕もサーフィンをするようになったんです。波乗りは、ボードが一枚あればよかった。あとボルダリング。シューズとチョークを持っていれば遊ぶことができた。

緑川 重装備なアクティビティに熱中していた土屋さんが、軽装備のアクティビティに出会う。

土屋 学生時代もちょこちょこやってましたが、あらためてしっくりきた。反動というか、波乗りとクライミングのシンプルな世界観に魅かれたんです。

緑川 「ウルトラライト」に接近している感じが。

土屋 そうそう。そんなとき、アメリカでの展示会で「ウルトラライトハイキング・ゴー・ライト」っていうブランドを知るんです。衝撃でした。そのブランドは、ある意味でウルトラライトの教祖的なブランドで、創始者はレイ・ジャーディン。狂信的なまでの信者もいるけれど、強く反発をする人もいる、好き嫌いのはっきりするブランドです。個性が強いってそういうことですよね。

緑川 ウルトラライトハイキングの父ですよね。

土屋 70年代にクライマーとして有名になっていた彼が、「マーケットに溢れている道具はいらない」って言い始める。80年代中頃にロングトレイルを歩きますが、彼はその旅路で、これはいる、いらないって削ぎ落としていき、その結果、「マーケットにあるものは全て要らない」と極端なところまでいく。

緑川 でも、ある程度の道具は必要ですよね。

土屋 それは自前で用意する。ザックは自分で作ればいい、寝袋も作る、タープも自分で縫う。と、ここまでいくんです。靴はテニスシューズやジョギングシューズで構わないし、ストーブも買う必要はない。アルミ缶を切って作れば十分。それに対して、ラディカルなハイカーたちが賛同しました。

緑川 とことん突き詰めていたんですね。

アルミ缶製アルコールストーブ

土屋 重要なのは、なぜ過剰な家財道具を自然のなかに持っていく必要があるのかという問いを、彼の実践が投げかけたところです。なぜ自然に足を向けるの? より自然を感じたいがためでしょ? そんなに荷物は必要? っていう。極端ではあったけれど、意味のある極端さでした。

緑川 「ウルトラライト」はより自然に近づくためだった。

土屋 シンプルですよね。自然を感じるために、自分と自然との間にあるものを少なくする。身軽になって、なるべく持ち物の制限を受けずに自然と付き合う。

緑川 自然との関係性を、よりシンプルに、純度の高い状態にする。

土屋 重装備を背負っているからこそ行ける場所もありましたが、それこそ、自分の命を機材に左右されてしまったり、行動に制約がかかることもあった僕には響きました。

緑川 サーフィンやボルダリングで知っていたシンプルな自然との関係性が、トレイルでも可能なのかもしれない、ということですか。

土屋 そうですね。この考え方は、アウトドアの基本ですよね。アウトドアアクティビティの根幹です。自然と密な関係をもったり、自然のなかでしか体験できないことを求める行動に様々なモノが付加されるようになり、次第により娯楽化されていくわけですが、後から増えた道具を自分で見極めてシンプルに、というのは真っ当な態度であり、方法論だと思います。

緑川 すごく腑に落ちますね。

土屋 発想自体もシンプル。

緑川 そうですね。

土屋 とても明快だったから、これはもしかして、って思ったんです。自分もそこに共感したし、ニーズがあるような気がした。というのは、重たい荷物を背負う山歩きはできなくても、自然のなかに出かけたい人はいると思った。体育会系的なハイキングも、もちろんあっていいですが、楽しみ方やハイキングのスタイルの幅はもっと広がるだろうと。

緑川 私みたいな、というのも変かもしれませんが、歩くことだけじゃなくて、自然での料理をラフに楽しみたい層にも、選択肢としてはありがたい。

土屋 でも、最初から順当に受け入れられたわけじゃないんです。やっとここまできていますが、やっぱり、重いザックに必要なギアをぎっしり詰めて、ブーツを履いて、険しい山へ、という登山観は強かった。

緑川 人々が登山をどのように考えてきたのか、ともつながってくる話でしょうか。土屋さんにぜひ聞いてみたいところです。

続く次回は、「ウルトラライト」が日本でどのように受け入れられていったのか、また、土屋さんが山歩きをはじめ、アウトドアアクティビティに魅かれる理由だと話す「隔絶感」について、詳しく伺っていきます。

  • 土屋智哉

    1971年埼玉県生まれ。「ハイカーズデポ」店主。アウトドアショップバイヤー時代にアメリカでウルトラライトハイキングに出会い、このムーブメントに傾倒。2008年、John Muir Trailスルーハイクを経て、東京・三鷹に自身のショップをオープン。著書としては2011年に『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)を出版。

  • 緑川千寿子

    マーガレット・ハウエル 神南カフェで7年間を過ごし、現在はマーガレット・ハウエル カフェ3店舗のキッチンリーダーを務める。大好きな漫画や食にまつわるエッセイを片手にお酒を嗜むことが何よりの至福。