#OUTDOOR#ULTRALIGHT

衣食住をかついで歩くJohn Muir Trailへの旅

アウトドア用品店オーナー・土屋智哉さんに聞く 自然がもたらす心地のいい「隔絶感」

VOLUME.4

ハイキングの方法である「ウルトラライト」を、三鷹にあるアウトドアショップ「ハイカーズデポ」を拠点に広めてきた土屋智哉さん。
アイテムの普及だけでなく、入門書『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)を出版するなど、その方法が持つ哲学についても語ってきました。
過酷なアクティビティからラフなものまで、自然とのやりとりをさまざまに楽しんできた土屋さんに、
ロングトレイルへの出発を控えた緑川さんがインタビューしました。

Interview by Chizuko Midorikawa (ANGLOBAL)
Photographs by Moe Kurita
Edit by Yoshikatsu Yamato (kontakt)

土屋 自然との距離をより近づけていくために削ぎ落とされたデザインになったプロダクトに最初にリアクションをくれたのは、実はファッション業界でした。

緑川 そうだったんですね。

土屋 重くて頑丈な道具を使っていた日本の登山者は半信半疑なわけです。「それで登れるの?」と。山業界では最初、極端なものとして警戒されて。

緑川 それまで慣れ親しんでいた装備とのギャップが大きかったんでしょうか。

土屋 そうかもしれません。でも、ファッション業界で山を楽しんでいた方達は寛容というか、先入観なしに関心をもってくれました。「どうも今までの山道具と違うぞ」、と。シンプルなザック、寝る場所としてのタープ、極めてシンプルなアルコールストーブに反応をくれたんです。

緑川 便利で盛り沢山なディティールが付いているザックを使って登っていた人がウルトラライトのザックを目にして、最初戸惑ってしまうのはなんとなく想像できます。

土屋 そうですね。それに、日本の登山観のベースにあったのが「アルピニズム」だったことも大きいでしょうね。

緑川 「アルピニズム」? 聞きなれない言葉です。教えてください。

土屋 ヨーロッパに由来する登山についての考え方です。まだ誰も登頂したことのない山や、「より高く、より険しく」に価値をおく登山の考え方だと思ってくれればいいかな。日本では大正時代に、イギリスの山岳会のシステムが入ってきます。これが日本における近代登山のスタートです。だから日本ではヨーロッパ的な登山観が引き継がれましたし、日本でも躍起になったのは、乱暴な言い方をすれば、自然を征服していくということでした。こうした価値観のなかではいつしか目線の先にはヒマラヤが出てきます。日本の次はヨーロッパアルプス、その次はヒマラヤ、というより高くより険しくを目指す一つのルートが出来上がる。そういう価値観です。ヒエラルキーともいえるかもしれない。

緑川 標高や険しさを基準として、山がレベルごとに分かれていき、だんだん難易度をあげていくことを目指す。

土屋 ですね。もちろん、そういう考え方はないとダメなんです。そんな志があったからこそ、登山文化も登山技術も発展してきたわけですしね。だからいまでも登山文化の王道は「アルピニズム」なのは間違いありません。それに、自分が見たことのない景色、誰もがいけない場所の景色を見たいという気持ちはとても純粋なものですし。

緑川 そうですね。

土屋 ただ、その一方で、肩の力を抜いて、険しさに挑戦していくベクトルとは別の登山観があってもいい。そんな提案が含まれているのが「ウルトラライトハイキング」であり、僕がお店を通して広めていきたいと思った軽やかな価値観なんです。

緑川 私がまさにそうかもしれませんが、過酷な山を踏破するぞ、という目的意識はそこまでないかもしれません。

土屋 今ではそういう方も沢山いますね。僕自身、あるときスキーで怪我をしてしまって、3カ月以上入院したんです。険しい道をガンガン歩くのは厳しいかもなあ、と考えてしまうときがあった。で、そのとき、僕みたいに過去に怪我をしていて無理ができない人や、お年寄り、女性にも、いいかもしれないなあ、と思ったんです。軽量なプロダクトも「ウルトラライト」の考え方も。

緑川 なるほど。そんな提案のほかに、土屋さんがお店作りにあたって意識したことってありますか?

土屋 「ウルトラライト」は、これまで山登りに親しんできた人はもちろん、これから自然と関係を持っていきたいとラフに考えている人に届けたいと思っていたので、お店はニュートラルな雰囲気がいい。店主の好みでやっています、という偏ったお店は嫌でした。明確なテーマとしての「ウルトラライト」があって、アイテムもきちんと集まっている。それで、そこにあるプロダクトの文化的な背景もきちんと発信する。開店にさいして、壁は白だと決めていました。

緑川 壁の色が重要だったとは(笑)。

土屋 大事ですよ。印象をすごく左右するので(笑)。雑誌の『ku:nel』や、イラストレーターの大橋歩さんの『Arne』のテイストを参考にしていました。あとは『天然生活』とか。

緑川 なるほど。入りやすい雰囲気もそうですし、ビギナーにとっては、土屋さんのレクチャーがありがたいです。John Muir Trailに出発するまでも1カ月もなくて……。ついにここまできました。

土屋 いよいよですね。僕がJMTに行ったのは2008年。その当時は、加藤典善さんという作家の方がアメリカのロングトレイルの文化を90年代から日本に対して孤軍奮闘して情報を持ち込んでいる状態だった。彼は1995年に歩いたのかな。

緑川 加藤さんの名前は誰もが口にしますね。

土屋 日本におけるロングトレイル文化にとって、とても大切な人ですからね。僕が歩いたときの話ですが、「ウルトラライト」がロングトレイルを通して生まれた方法だというのは知識としてわかっていました。でも、日本で実践している人はほとんどいなかった。僕も文化としては触れてはいたんだけど、ウルトラライトが現場で活躍するのかは疑問を持っている時代。前例がなかったんです。自分でやってみて、一泊できた。二泊できた。北アルプス、奥多摩もいけたと。じゃあ果たしてJohn Muir Trailを歩けるのかって。

緑川 実験ですね。

土屋 そう。いざ行ってみると、すれ違うハイカーのなかには、大きなザックを背負っている人が多かった。小さくて軽いものを背負っている人も若干はいましたが。

緑川 「ウルトラライト」は現地でも決してメジャーなものではなかったんですね。

土屋 ニッチというか、カウンターだったんでしょうね。日本でもそうであった通り。僕がトレイルを歩き終えたときの高揚感は、道具が壊れなかった、このスタイルで行けたっていう自信と安心感。使えるか使えないか、不安を抱いて歩く機会は二度とないです。

緑川 まさに第一人者ですね。土屋さんはこれまで、たくさんのトレイルをご経験なさっていると思います。山登りしている時にピュアに追い求めているものってなんなのでしょうか? 

土屋 いきなり根本的なところについての質問ですね(笑)。

緑川 すみません(笑)。でも、出発前にぜひ聞いておきたくて。

土屋 一人になる、ということですね。自分と自分のパーティ以外には誰もいないっていう状況がいい。

緑川 人の世から離れていく感じですか。

土屋 そう表現すると意味深な感じがするけど、僕が求めているのは、単純に「隔絶感」なんです。洞窟をやっていた学生のときも同じ。

緑川 土屋さんが仙人のように思えてきました。

土屋 いえいえ、大それたことじゃないですよ。子どものときにやっていたかくれんぼと一緒で、ちょっと離れただけで誰にも目につかないところがある。誰にも見つからない場所にいるときの、スリルを感じながらも、なんとなく静かで、心穏やかにもなれるところが好きなんです。

緑川 なるほど。

土屋 John Muir Trail のときも、人がいない、山小屋もない、ポツンと一人っていう感覚がすごいよかった。この、ポツンと一人でいる感覚。頼る人がいない状況で、何かあったらどうすべきかを考え続けるのが好きなんですね。よく、孤独に歩くことになるトレイルを「自分との対話」なんて言ったりするかもしれないけれど、僕にとっては、「自然との対話」というほうがしっくりくる。

緑川 そうですね、トレイル中、私も自分と対話をしている余裕はないです(笑)。

土屋 一人だなあ、と感じるような場所で、純粋に自然とのやりとりをして、寝る場所を決めたり、歩みを進めたり。これにつきます、ハイキングの楽しみは。

緑川 土屋さんが感じているようなことを感じられるか分かりませんが、私なりに楽しんでみようと思います。不安も多いですが(笑)。

土屋 その不安も、ロングトレイルの経験がまだあまりない今だからこそ抱ける感覚です。初々しい気持ちで歩けるとポジティブに考えて、いろんな感覚を経験してきてください。

緑川 ありがとうございます。行ってきます。

  • 土屋智哉

    1971年埼玉県生まれ。「ハイカーズデポ」店主。アウトドアショップバイヤー時代にアメリカでウルトラライトハイキングに出会い、このムーブメントに傾倒。2008年、John Muir Trailスルーハイクを経て、東京・三鷹に自身のショップをオープン。著書としては2011年に『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)を出版。

  • 緑川千寿子

    マーガレット・ハウエル 神南カフェで7年間を過ごし、現在はマーガレット・ハウエル カフェ3店舗のキッチンリーダーを務める。大好きな漫画や食にまつわるエッセイを片手にお酒を嗜むことが何よりの至福。