チョコレート|エッセイスト・平松洋子さん
#EAT&DRINK

こばらが空いたら

チョコレート|エッセイスト・平松洋子さん

VOLUME.4

とっておきのおやつは何ですか?
連載「こばらが空いたら」は、さまざまなフィールドで活躍する方々に、
買い求めやすいおかしをピックアップしていただき、
自分にとっての特別なおやつと、そのおやつにまつわるエピソードを聞いていきます。
ひとくち食べれば満足できたり、ポジティブな感情はもちろん、
ときにはネガティブな思い出などとも繋がっているかもしれない「おやつ」。
連載で語られるエピソードとともに味わってみてください。

Text by Yoko Hiramatsu
Photography by Maruo Kazuho
Edit by Yoshikatsu Yamato (kontakt)

 職人さんの休憩時間は一日二回、午前十時半と午後三時。

 ずいぶん昔の話だけれど、実家のすぐ隣に小さな離れを作ることになったとき、母がそう言うのを聞いて驚いた。ええー、大人なのに、仕事中にけっこう休むんだな。工事が始まったら、母は、休憩時間のたびに湯呑みや煎餅、ときには和菓子屋で買ってきた饅頭をお盆にのせて現場に運んだ。その様子を見ながら、いかつい大工のおじさんもかわいいおやつを食べるのかと、二度びっくりしたのだった。

 でも、そのときの違和感は的外れだったと今ならわかる。合間に休憩を入れれば、仕事にめりはりがつく。のんべんだらりと続けるより、気分を変えたほうが仕事に集中できるし、そのぶん安全……昔ながらの職人さんの休憩スタイルには、意味と知恵があるのだった。

 おやつには、自分を飼い慣らす方法が隠れているような気がする。

 机の前に座っていてもなかなか原稿書きが進まないこと、しばしばである。途中で調べ物をしてみたり、読みかけの本や雑誌を開いてみたり、CDを聴いてみたり、とかく現実逃避に走りがち。そういうときだ、「おやつにするか」と自分に声を掛けるのは。

 そんな流れに乗っかった仕事の途中のおやつだから、格別おいしかったり目新しかったりするとちょっと困る。本音をいえば、余韻や感動も手に余る。気心の知れた親戚みたいなおやつが好みです。

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 長年のスタンダードは、明治チョコレート、アルフォート、リッター社のヘーゼルナッツとストロベリー風味の四種類。いずれもチョコレート菓子で、近所ですぐ買えるものばかり。明治チョコレートとアルフォートは百円、リッター社のチョコレートは三百五十円ほどで、えへんと胸を張りたい安さである。

 明治チョコレートは、小学校の遠足のおやつ以来の付き合いだ。目を閉じればすぐに蘇るなめらかな舌触りと優しい香り。口に入れただけで安らぎが溶けて広がるところに、絶大な安心感がある。書きながら食べることも多いので、板チョコは割るのがおっくう。十個入りバージョンが登場したときは「これだ!」と欣喜雀躍した。

 アルフォートは、小腹が減っているときに手を伸ばす。ビスケットとチョコレートが合体したこのロングセラーには、じつは漫画を読んでいたとき再会した。花輪和一の傑作『刑務所の中』に登場するアルフォートは、集会のときだけに配られる服役者たちの絶大なお楽しみ。念入りに描写されたアルフォートの箱や小袋に異様なヨロコビの爆発を感じてたまらなくなり、さっそく探して買ったのが二十数年前のこと。以来ずっと、私にとってアルフォートは癒やし、そして逃げ場。刑務所と自分の仕事場が二重写しになっているのかと思うと、ほの暗い執着をそそられる。

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 ドイツのリッター社のチョコレートは、ヨーロッパのどこかの空港の売店で買ったのが最初だった。まるで気取りのない味で、甘さの奥のほうに垢抜けなさが混じっている。これも近所のスーパーの外国のお菓子コーナーで扱っているので、買い物のとき二種類を二枚ずつ補充するのが習慣になっている。そういえば、数年前ベルリンに行ったとき、町角の薄暗い雑貨屋のレジにごっそり重ねて置いてあるのを見かけて、ものすごく納得したのだ。

 そうか、これは明治チョコレートやアルフォートと同じ立ち位置なんだ!

 チョコレートを舌にのせてゆっくり溶かしていると、緊張や焦りが薄らぐ。ときどき乱暴にぼりぼり囓ると、肩の凝りも砕ける。四つのチョコレートは、おやつを超えて、私の仕事の相棒らしい。

  
  • 平松洋子

    エッセイスト。食文化や暮らし、文芸をテーマに執筆している。『買えない味』(ちくま文庫)が第16Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。『野蛮な読書』(集英社文庫)で第28回講談社エッセイ賞受賞。聞き手として著名人と対話をした『食べる私』(文春文庫)や、『肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行』(文藝春秋)では日本各地へ取材に赴くなど、さまざまに「食」へのアプローチを続ける。近著は『下着の捨てどき』(文春文庫)。