#ESSAY

直して生きる / 文・西加奈子

Essay by Kanako Nishi
Art & Photography by Kanako Nishi

 バンクーバーで私が住んでいるのはデュプレックスと呼ばれる家で、簡単に言うと一軒家を縦半分に割ったような作りになっている。つまり同じ屋根の下、壁を隔てた向こう側に別の人たちが住んでいる。おそらく私より少し年上の男女で、とても静かで優しい。我が家では、もうすぐ4歳になる子供がいつも家の中で暴れまわっていて、しかも家が木造で古く、その音が響く。でも、それに対して文句を言われたことはない。

 彼女たちだけではなく、ご近所さんは皆子供に優しい。例えば3ブロックほど先に住んでいる、私たちがサンタクロースと呼んでいるおじさんは、通りの木の枝や窪みに、いつも小さなおもちゃを置いていってくれる。子供達はそれを探すのを楽しみにしていて、もらってばかりではなく、時々いらなくなったおもちゃとトレードする。

 反対側にある一軒家には、大家さんのショーンとその家族が住んでいる。ショーンは、いつもガレージから大量の工具を出して、何かを作っている。私がこの原稿を書いている部屋の窓から、彼の姿が見えるのだけど、今日は車のタイヤを替えている。昨年のロックダウン中、なかなか外出が出来ない双子の子供達のために、ショーンが庭にプレイグラウンドを作ってしまった時は驚いた。双子は私たちにその庭を見せてくれた。彼らが設計図(と呼んでいる絵)を描き、それを元にショーンが作ったそうだ。一晩は過ごせそうな小屋やブランコ、木で出来たジャングルジムには、古いタイヤが使われていた。

 木造で古い家だと書いたけれど、古いのは家だけではない。備え付けてあった家具も家電も古く、しょっちゅう何かが壊れた。トースターは黒い煙が出て火災報知器が鳴り、Wi-Fiは突然切断され、夏場に冷蔵庫が壊れた。二つある洗面所のコンセントは何故か二つとも電気が通っておらず、強く蛇口を閉めても水が垂れ、お風呂の水を流すとトイレがボコボコと音を立てた(そもそもトイレの水流も頼りない)。食器洗浄器は去年、洗濯乾燥機は今年、突然動かなくなり、掃除機はある日から埃を一切吸わなくなった。そのたびにショーンに訴えるのだけど、ショーンはなかなか新しいものを買ってくれなかった。改善方法や修理方法を教えてくれたり、それでもダメな時は業者を呼んで、とにかく「直せば使える」という哲学を貫いた。あらゆる手を尽くしてもダメだったトースターと食洗機だけは、とうとう新しいものを買ってくれたけれど、私たちはその頃には、「直せば使える」の生活に、慣れ始めていた。

 掃除機を解体し、こまめにフィルターを掃除するようになった。洗濯物は、少しくらいの汚れなら数日着るのも平気になった。トイレットペーパーはなるべく少量にして、トイレのレバーは長く押し、流れきるのを最後まで見届けた。冷蔵庫に食料を詰め込むのはやめ、Wi-Fiが切れた時は、(何故か理由もなく)元に戻るまで、他のことをした。洗面所のコンセントを使うのは諦めて、髪の毛はなるべくドライヤーを使わずに自然乾燥に任せた。

 その生活を続けていると、不思議なことに、新しいものを買うときに「なんか悔しい」と思うようになった。幸いバンクーバーはリサイクルが浸透した街だ。中古の店が多く、craigslistと呼ばれる中古品の売り買いのサイトでは、あらゆるものを探すことが出来る(物品だけではない。仕事も探せるし、家も探せる。実際この家もリストで探し、ショーンに直接連絡を取った。不動産屋を介さないから、仲介料を節約できるわけだ)。自転車もここで手に入れたし、スキーの一式はすべて中古スポーツ用品店で買った。子供の服やおもちゃは友人たちから譲り受けたものがほとんどで、道にはいらなくなったテーブルや食器やピアノ(!)なども「FREE」の紙と共に放置してある(私の部屋にある木の椅子は、そんな中から持って帰って来た)。ところどころに扉付きの本棚が置いてあって、不要な本をそこに寄付し、興味のある本を持ってこれる。値段を貼って駐車している車も見る。コンディションはそれぞれだが、いくら古くても、ほとんどのものは使える。きちんとメンテナンスすれば、きっと長く。

 その考え方は、人間に対しても同じのようだ。

 もちろん人によるだろうけれど、皆「自己管理」の意識が高いように思う。日々、自分自身のメンテナンスを欠かさない。

 例えばこの街では、ランニングや自転車で走る人を多く見る。雨だろうが雪だろうが、みんな走っている。若い人たちだけではなく、年配の方もたくさんいる。特に、元気なおばちゃん(敬意を込めて)をよく見る。例えば近くのビーチは、夏になるとビーチバレーをする人で溢れるのだけど、腹筋がくっきり割れた屈強な若者たちに混じって、膝や肘にサポーターを巻いたおばちゃんたちが本気で参戦している。その姿は、胸が熱くなるほど美しい。

 身体だけではない。冬はほとんど雨だから、天気鬱にならないように、精神のメンテナンスもする。ヨガマットを持って歩いている人をよく見るし、私の友人も定期的に瞑想をしたり、海を眺めて長い時間を過ごしたりしている。

 私もこちらに来て、積極的に運動をするようになった。正直、数年前から急激に体にガタがきているのを感じていた。老眼になったし、気圧の変化で頭痛がひどいし、ホルモンバランスが崩れて、信じられないくらいイライラするときもある。年を取るのはもちろん、楽しいことばかりではない。でも、メンテナンスすればいいのだと、思えるようになった。

 当然、若い頃には戻れないし、私の体はこれから、二度と完璧にはならないだろう。

 だからこそ、きちんとケアしようと思う。家や家具、家電など、古いものを大事にするように、自分自身を大切に扱おう。そうすればきっと、私の身体は、心は、長くもつはずだ。

  • 西加奈子

    1977年 テヘラン生まれ、カイロ・大阪育ち。2004年『あおい』でデビュー。2007年『通天閣』で織田作之助賞受賞。2013年『ふくわらい』で第一回河合隼雄物語賞を受賞。2015年『サラバ!』で第152回直木三十五賞を受賞。(著者プロフィール撮影:若木信吾)