#OUTDOOR#PACKING

衣食住をかついで歩くJohn Muir Trailへの旅

出発直前に考えていること、感じていること

VOLUME.5

MARGARET HOWELLのカフェ店舗で7年ほど勤務し、
現在、都内3店舗のキッチンリーダーをつとめる緑川千寿子さんは、
今年の8月下旬から、約1ヶ月にわたってアメリカ「John Muir Trail」への旅に出た。
第5回では、旅への出発を直後に控えた緑川さんに、
準備につきまとう不安や、ちょっとばかりおかしな旅の予行練習、
トレイルでの料理計画や旅での展望について語っていただきました。

Photography by Moe Kurita
Interview by Yoshikatsu Yamato (kontakt)

John Muir Trailとは

アメリカはカリフォルニア州、ヨセミテ国立公園から、本土最高峰のマウント・ホイットニー(標高4,418m)までの約340kmを結ぶロングトレイル。国立公園システムの確立に貢献した自然保護の父、ジョン・ミューアの功績を称えて整備されたコースは、エメラルドグリーンの湖と豊かな森林が広がる一帯もあれば、視線をさえぎるもののない荒涼とした風景もあり、変化に富む。世界中のハイカーが、標高や時間帯によってシエラ・ネバダ山脈の山々が見せるそんな多彩な景色に魅了されてきた。日本には、作家・加藤則芳『ジョン・ミューア・トレイルを行く―バックパッキング340キロ』(平凡社)の出版により、「ロングトレイル」の概念とともに紹介。およそ東京から名古屋までの距離があるコースには、道標のほかに人工物、ましてや宿泊施設はほとんどない。テントで寝泊まりし、食事は自分の背負っているものを。ハイカーが残すのは足跡だけだ。

―これまでは、緑川さんにとってトレイルの先輩にあたる料理研究家の山戸ユカさん、アウトドア用品店「ハイカーズデポ」の土屋哲哉さんに話を聞いてきましたが、今回は緑川さんご本人に、出発直前の心境や準備中のあれこれを伺おうと思っています。

緑川 よろしくお願いします。準備はしばらくてんやわんやでしたが、出発まで1ヶ月を切って、どうにか落ち着いてきたところです。

―旅の準備期間って、普段の仕事もあるし、どうしても大変ですよね。でも、旅の時間は始まりつつあって、なんだか不思議な時間だという気がします。

緑川 そうですね。いちばん想像力がはたらくのでワクワクもするし、でも、現実的に進めないといけない準備には追われてたりで、楽しいやら、忙しいやら、です。

―すこしさかのぼっていきたいのですが、緑川さんはそもそも、アウトドアがずっとお好きだったんですか?

緑川 え、そうでもないです。ミーハーな気持ちで富士山登頂などはしていましたが、今だに不向きなタイプだと思いますね。初めてのテント泊は、怖くて眠れませんでした。周りが静か過ぎて、遠くの何かの声が聞こえるのが気になってしまったんです。

―初めてでそんな経験をなさって、それでも続けているのはなぜなんでしょうかね。初めてがあまりよくない体験だと、続かないような気がします。

緑川 確かにそうですね。でも、パートナーの存在がまず大きいかもしれません。彼が釣りを始め、アウトドア好きで、一緒に行く機会はなにかとあったので。もちろん、私も山登りが好きでありつつも、ときどき、なんでこんなきついことをしてるんだろう、って思ったりもしますね。歩きながら「あー、なにしにきたんだっけ」みたいな(笑)。スイスイと彼が先に行ってしまうと、「ちょっと待ってよ!」と苛立ってしまったり。でも、なんとかテント場について料理の支度をはじめたり、お酒を飲みはじめるとリセットできるんです。そのことに、何度かやっているうちに気づきました。景色のいい場所を歩いて、そこで料理をするのが楽しくなっていきました。

―カフェスタッフの緑川さんですが、食事にはこだわりがありそうですね。どんなものを作ってきたんですか?

緑川 山というシチュエーションで意外性のある料理にトライするのが好きなんです。アヒージョ、すき焼き、タコス、とか。トレイルだと手間のかからない料理を選びがちですが、私にとってはできる範囲で手間暇のかかる料理のほうが楽しい。

山戸さんおすすめのフライパンも準備万端。スパチュラも忘れずに。

浄水器は「ハイカーズデポ」で土屋さんと相談して買ったもの。

―なにか、John Muir Trailで特に作りたいと思っている料理はありますか?

緑川 あります。大豆ミートのハンバーグ、おでん。あとは、蕎麦ですね。大根おろしのフリーズドライも持っていきます。

―うん、アウトドアシーンから想像する料理とはなんともギャップがありますね。食材は揃うんですか?

緑川 日本の調味料はこちらから持っていきます。あとは、街に降りたときに現地のスーパーで野菜などは買ったりもできるし、「フードドライヤー」という機械を使って乾燥させたものを持ち込んだりもする予定です。

―なるほど、そんな調理器具が。

緑川 夜にすき焼きだと決まれば、朝起きたら小さいジップロックに食材と水を入れておき、それを背負いながら歩くんです。日本の山に行ったときは、朝から晩御飯の献立を湯豆腐だと決めていた日がありました。ボトルに昆布と水を入れて水出しをしながら歩き、その出汁でおいしい湯豆腐を食べる。

―歩きながら、バックパックのなかで仕込みを(笑)。

緑川 そうです(笑)。フリーズドライに関しては、普段もなにかと乾かしています。いろいろな食材で試していますね。今だと、なると、とか。

―かわいらしいですね。

緑川 乾くとかなり小さくなります。山をきっかけに始めたことを、こうして日常に取り入れたりもしていますね。

―なるほど。考え方なんかも、変わったりしたことはありますか。

緑川 はい、沢山あります。考え方、ということで言えば、シンプルになりました。もやもやと考えてしまう心配性は完全にはなくなりませんが、山歩きを通して、シンプルな選択肢を知ったというか。

トレイルやアウトドア関連の書籍とともに、料理本がずらり。

―どういうことが、緑川さんをシンプルな考え方に導いたんだと思いますか?

緑川 まず、トレイルにはつきものの「準備」ですよね。言い換えれば、ツールを選ぶこと、かもしれません。限りある荷物を背負って山を歩いて、寝袋で寝て、帰ってくる。回を重ねるごとに、自分にとって必要なもの、要らないものがはっきりとしていきました。

―ホテルに泊まる旅行なら、荷物はキャスター付きのスーツケースで持ち運びできるし、荷物も部屋に置いておけるけれど、バックパックは、基本的には自分で背負っていないといけないし、限度がありますね。

緑川 そうですね。自分の体力との兼ね合いを考えて、背負うものを選ばなければいけません。そういうことの延長で、「断捨離」もやりましたね。荷物を選ぶことを繰り返すうちに自分を知っていき、どんな基準で選択しているか、どんなことにこだわっているかが浮き彫りになったんです。その感じで、身の回りのものも整理しました。でも、長い旅となると苦戦しています。ロングトレイルは初めてですし、もがいています。

―もがいている?

緑川 はい。準備、思っていた以上に大変なんです。1ヶ月近い日数の食材を全部いっぺんに持っていくことはできないので、国際郵送でこちらから送っておくんです。そしてトレイルの途中通過点で受け取る。そのタイミングを含め、中身とか、いろんなことを計画的に進めないといけなくって。ついこの前ですが、なにがなんだかわからなくなっちゃったんです(笑)。頭ではぐるぐる考えているけど、手が動かない状態で。

クマが開けられないよう設計された「ベアキャニスター」という容器。John Muir Trail では使用が義務付けられている。

―一筋縄ではいかなかったんですね。

緑川 普段から「計画」は苦手です。仕事でケータリングをお任せいただいたりするときも、ギリギリまでメニューを考えてしまって決断が遅いんです。極端なんですけど、初のロングトレイルであるJohn Muir Trailの準備となると、この判断が重大な問題に関わるんじゃないか、と余計に思い詰めてしまって(笑)。

つい、うなだれてしまう緑川さん。

―とはいえ、長期旅行の準備、しかも食材のことも考えるとなると、かなり頭を使うだろうと想像できます。

緑川 そうですね。とはいえ、準備はつらいけれど、こういうことを含めて乗り越えたらどうなっていくかは、すごく楽しみです。準備を含めて、歩き切ったら、何か大きなものが得られるのかな、とはうっすら感じていて。というのも、準備のときに感じるモヤモヤは実際のトレイルに飛び込んだらもう考えてられないというか。いい意味で、「諦める」だったり、そのつどそのつどの状況を「受け入れる」ことの連続になるんです、トレイルって。

―というのは?

緑川 たとえば、日本でやった3泊4日のトレイルでは、シャワーも浴びないし、着替えもない。でも、ふと気づくと、そのことが気にならなくなる自分がいました。これはある意味で解放的ですよ。もちろん、普段の生活なら、嫌だなあ、と思うでしょうが、しょうがないか、というか、これでもありなのか、という状態になる。

―なるほど。

緑川 寝る場所もそうですね。ベッドがある生活が当たり前だけど、なくたってなんとかなるということを知れる。John Muir Trailが決まってから、野宿に慣れておく必要がある気がして、ベランダで寝たりもしています。この前は蚊に目の上をさされて、腫れました。

―(笑)。

緑川 一緒に歩くパートナーの助けもあって、どうにか準備も着々と進みつつありますし、なによりもJohn Muir Trailで見られる景色が待ち遠しいです。山戸さんにみたいにパンケーキを焼いたり、土屋さんのお話に出てきた、ロングトレイルを歩くからこそ知ることのできる深い感情など、現地で体験したいと思っています。

―楽しみですね。

緑川 とても。ラストスパート、体力づくりや準備を頑張りつつ、はやくJohn Muir Trailに出発したいです!

続く連載では、ついにJohn Muir Trailの現地での様子を掲載。エリアごとに表情を変える壮大な景色や、途中で立ち寄る街の風景。そして、そんな環境での料理について。なにかとハプニングと引き寄せてしまう緑川さんご自身の言葉で、ロングトレイル日記をお届けします。

  • 緑川千寿子

    マーガレット・ハウエル 神南カフェで7年間を過ごし、現在はマーガレット・ハウエル カフェ3店舗のキッチンリーダーを務める。大好きな漫画や食にまつわるエッセイを片手にお酒を嗜むことが何よりの至福。