それぞれの雪 / 文・くどうれいん
#ESSAY

それぞれの雪 / 文・くどうれいん

Essay by Rein Kudo
Illustration by nakaban

「プレゼント交換をしよう、ただし、プレゼントは全員スノードームを用意してくること」

 どうしてそんな話になったんだっけ。経緯のことはあまり覚えていないが、何も気にせずマスクなしでたのしくハンバーグを食べたからあれは2019年か、その前のことだったと思う。わたしは当時ほぼ毎月盛岡で短歌会を開いていた。高校生も大学生も社会人も主婦もいて、各々来たくて来れるときに来る不思議な会だった。毎月参加するのはせいぜい4、5人で、短歌会がすぐに終わるとあとはとりとめもない(ほんとうにとりとめもない)話をする時間になった。わたしは短歌をしたいのではなく、「突然へんなこと言ってもゆるしてくれる人としゃべりたい」のかもしれないと、時々思った。学校や会社で過ごすわたしたちには「冬のにおいがする」と言ってもばかにせずに「そうだね」と返してくれる人が必要だったのだ。

 そうだ、その歌会は12月の終わりごろだった。だからみんなでプレゼントを買ってきて、交換し合おうという話になったのだ。たぶん、いちばんいたずら好きなふきちゃんが「スノードームをいっぱい見たい」と言ったりして、それでプレゼントはスノードームしばりということになったのだろう。短歌会のお題は「ひかるもの」だった。

 その日は6人が集まった。歌会を終えるとテーブルの上に各々がプレゼントを置いた。箱の包装、紙の包装、袋の包装。大きさも形もみな違ったが、テーブルに置くとすべて「ごとり」と堅くて重い音がした。わたしたちは「これぜんぶスノードームなんですか」「探すのたいへんでしたよ」「かぶったらどうする?」と口々に文句を言いつつも、うれしさを隠しきれなかった。音楽を流しながらプレゼントを回して、ねえまだ止まんないの! 腕つかれた! と言いながらにこにことスノードームをとなりへ回す。大きくて重いもの、小さくて軽いもの、大きいのに軽いもの、小さいのに重いもの。それぞれの包み紙の中に厳重な梱包を感じて、わたしたちはそっと持ち上げては回した。もはやどれが来てもいいとわたしは思っていた。どれもスノードームなのだ。わたしはいま、スノードームだけのプレゼント交換をしている。その奇妙な体験ができただけで既に心が満たされていた。

 音楽が止まり、ひとりずつ包みを開く。小人とエイリアンのような生き物がハグしている中くらいのスノードーム。雪だるまが微笑んでいる小さなスノードーム。叫ぶティラノサウルスの顔が閉じ込められたスノードーム。大きなランタンのなかでクリスマスツリーが光るスノードーム。車に乗ったサンタクロースが片手をあげているスノードーム。そして、誰ともかぶらないようにとわたしが通販で買った、力士を閉じ込めた”スモードーム”。ひとくちにスノードームと言ってもこんなに違うのか。わたしたちは大変面白がって、すべてのスノードームを一か所に並べた。写真を撮るために雪を降らせよう、という話になり、6人で6つのスノードームを持って、振って、置いた。

「おお!」と自然に声が出た。美しかった。

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 すべてのスノードームに雪が降っている。それぞれ違う大きさの世界のなかで、それぞれの重力があり、それぞれの雪の大きさも異なっていた。笑顔で抱き合っていたり、片手を上げていたり、叫んでいたり、静かに木がたたずんでいたり。雪の最後のひとひらが落ちるまでのあいだ、彼らの動作にスポットライトが当たっているようだった。ガラスのなかの人形たちは永遠にハグをし、叫び、片手を振り、微笑んでいる。それぞれのシーンが混ざり合うことはなく、重い台座に括りつけられたまま固定され、だれかに雪を降らせてもらうのを待っている。それはとても美しく、残酷なことだと思った。わたしたちはしばし無言で見とれてしまい、写真を撮るためだったことを思い出して、もう一度スノードームを振った。

 仕事を終えて会社を出たら雪だった。駐車場まで傘を差して歩きながらぼんやりと行き交う人々眺めつつ、わたしはスノードームのことを思い出していた。雪は一片が大きく軽く無風の街に羽根のように降るから、いつもよりも時間がゆっくり流れているような感覚がする。相合傘をする夫婦、肉まんを買う部活帰りの高校生、スマートフォンで雪を撮ろうとするサラリーマン、これ以上歩きたくないらしい散歩中のブルドッグ。おなじ街でさえ知らない人がこんなにたくさんいるのだから、この世界にはわたしと一生関係ないかもしれない人たちが信じきれないほどたくさんいるのだろう。そして、その先にそれぞれわたしの知らない生活が広がっている。あたりまえのこと。しかしぞくぞくする。

 わたしたちの生活そのものがスノードームなのかもしれない。ひとつひとつが包まれて、ひとつひとつに雪が降る。そうだとしたら、どの表情が永遠になってもいいように愉快に暮らさねば。いま、この瞬間わたしの世界を揺さぶって雪を降らせているのは、だれ。

  • くどうれいん(工藤玲音)

    作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。会社員として働きながら執筆活動を行う。食にまつわる『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)や、人をテーマに書き綴った『うたうおばけ』(書肆侃侃房)といったエッセイ集に続いて、16歳から26歳までの短歌をまとめた歌集『水中で口笛』(左右社)を発表。さらに小説『氷柱の声』(講談社)は第165回芥川賞の候補に。(著者プロフィール撮影:森清)