#PHILOSOPHICAL DIALOGUE

哲学に耳をすませて。

永井玲衣さんと「育てる」についての哲学対話。 前編

VOLUME.1

ともに暮らす動物に癒されて、植物に心を動かす。
洋服やアクセサリーを日々身につけ、経年変化を楽しむことも。
自分たちの日常にある「育てる」は、思いのほか幅広い。
永井玲衣さんは、学校や企業、美術館などで哲学対話を行ってきた哲学研究者。
今回は、「育てる」というテーマの周りに、
さまざまなブランドに所属する6人のスタッフが集まった。
お互いの言葉に耳をかたむけ、考え、ときに悩み、
言いよどみながら進んだ哲学対話のドキュメント。

Facilitator by Rei Nagai
Photography by Kohei Iizuka
Edit by Yoshikatsu Yamato (kontakt)

はじめに、哲学とは?

永井 今日はよろしくお願いします。哲学対話、みなさん初めてですよね。「哲学対話」がどういうものか以前に、まず「哲学」とはなんでしょうか。どういうイメージがありますか?

甲斐 生きるとは、みたいな。

塩入 〇〇とは? みたいな、問いかけのイメージがあります。

永井 すごい。おっしゃる通りです。生きるとは? であるとか、問いかけのイメージだと言ってくださいましたが、そういったことを考える「営み」や「体験」そのもの、みたいな感じです。「哲学」というと、偉い人が考える学問、といったイメージだってあるかもしれません。でも、日常のなかで思い浮かぶ「これってなぜこうなんだろう」とか、「なぜ働かなきゃいけないんだろう」、「なんでこんなに疲れるんだろう」とか、ため息みたいなものも含めて問うこと、グルグル考えることも私は哲学だと考えています。

なので、誰もがすることなんです。そんな哲学に「対話」がくっついている。哲学を、みんなでやろうじゃないか。それが哲学対話です。議論や討論とはちょっと違います。勝ち負けがあったり、こちらが言ってることの方が正しいとか、強いぞっていうのでもない。みんなで視点を深めていくのが「対話」なので、答えを出さなきゃいけないとか、よいことを言わなきゃいけないとか、なにかを上に積み上げていくということではないんです。「そもそも、なんで生きてるんだっけ」とか、「なんで生まれてきたんだっけ?」といった「そもそも」を掘り下げていくイメージです。ある問いについて、みなさんとザワザワと触っていくような時間になったら嬉しいなと思っています。

哲学対話のルール その1 「よく聞く」

永井 哲学対話は、基本的に自由な場なんですが、今日は3つルールを設定してみます。

ひとつめは、よく聞く。相手の話をちゃんと聞くっていうのもあれば、「この人はなんでこんなことを言ってんだろう」と、話している人の前提にも気を使いながら聞くっていうことも含まれます。「それってなんですか? もうちょっと教えてください」と尋ねることも、よく聞くです。

哲学対話は、沢山話した方がいい場ではありません。聞くことが大事なんですね。黙っていても構いませんし、自分はうまく発言できなかった、とかは気にしなくて大丈夫。

沈黙が多くなることも、喜ぶ時間です。まあ、気まずいんですけど(笑)。気まずいなー、ってことを感じる。みんな考えているなー、と感じる。一緒に、うーん、ってなっていてよいので「聞く」を大切にしてみましょう。

哲学対話のルール その2 「偉い人の言葉を使わない」

もうひとつが、偉い人の言葉を使わない。これはどちらかというと、学者さんに課したいルールなのですが、「哲学」というと、カントが、ソクラテスが、と、偉い人がこうこう言っていた、と引用したくなるかもしれません。でも、ここは、それをおやすみする場にしてください。自分の言葉で話すようにしましょう。まあ、「自分の言葉って?」という問いもありますよね(笑)。発言は、まとまらなくてもいいんです。

哲学対話のルール その3 「人それぞれ、はナシ」

さいごは、変に感じられるかもしれません。人それぞれはナシ、というルールです。え? でも、たとえば、今日のテーマ「育てる」について思うことは、きっと人それぞれのはず。確かにそうなのですが、それを言ってしまったら対話は終わってしまいます。私たちは、人それぞれだからわざわざこうやって集まって、この会議室で時間を過ごそうとしているので、「人それぞれ」をゴールにするのではなく、スタート地点にしていただけると嬉しいと思います。どこが違うんだろうとか。ここだったら一緒かなっていうのを探る時間にしたい。さて、長くなりましたが、よく聞く。偉い人の言葉は使わない。人それぞれはナシ。これだけです。シンプルです。とはいえ「人それぞれ」って言っちゃったから、もう出てってくださいとか、そういうことはありえないので(笑)。

「うまくできないなー」、「考えられないなー」も含めて、すごく大切な時間だと思っています。まとまんなくなってもいいし、考えは変わってもいい。話していて、難しさやわからなさに突き当たると思います。それを喜ぶ時間です。だから、ある意味では、非日常の時間です。みんなでわかんなさにぶち当たるのは、普段なら、ちょっと気持ち悪かったり、じりじりしたりすると思います。でもそれこそが、哲学対話の醍醐味だと思っていただけたら嬉しいです。

準備運動にもなる自己紹介

永井 で、みなさんと話したいんですけど、まず、それぞれのお名前をお聞きしたいです。どこで働いているかとか出身とか、何歳かはいつも伺いません。お名前と、子供の頃から嫌いだったり、苦手なモノやコトがあったら、理由と一緒にぜひ教えてください。

まず、私は、永井玲衣と言います。子どもの頃からダメなのは、実は名前さえ口にできないくらい苦手なんですけど、干支にいる細長い動物です。その年になったら本当に最悪で(笑)。町中にいる。物も見たくないし、発音もできない。イラストもダメ。では、こちらから。

田代 こんにちは。田代呼子です。よろしくお願いします。小さい頃から苦手なものは、蜂です。

永井 なんでですか?

田代 羽音がすごく嫌いなんです。襲われる夢も定期的に見ます。私は、見ることや名前を言うことはできるんですけど(笑)。でも、羽音だけは本当に怖くて。刺されたことはないんですけど。ただただ怖い。

永井 こうやってちょっと聞くだけでも、いろんな問いが出てきませんか? なんで羽音が怖いんだろうとか。音が怖いってなんだろう、とか。面白いですよね。

多田 多田健人です。怖いのはカラスです。理由は明確で、小さい頃にヒッチコックの映画『鳥』を見て以来、トラウマのように夢にも出てきます(笑)。だから、歩くときにカラスを見つけると全然近くを歩けなくて。

根津 根津千佳です。よろしくお願いします。小さい頃から苦手というか、怖いものはUFOです。夜眠るときも、さらわれるんじゃないかと思ったり。お化けとかは全然怖くないんですけど、UFOは怖い。毎日怖い状況にいます(笑)。夜になにかが空に光っていると、UFOじゃないかな? と、ちょっと走って帰ったりとか。

甲斐 甲斐裕季子です。お願いします。最近はあんまり意識したことがないんですけど、苦手なのはピエロです。

永井 なぜ怖いんですか?

甲斐 喋らない異様さとか、笑っているけど見た目が怖くて。

栗村 栗村枝里子と申します。お願いします。私の苦手なものは、お餅です。

永井 珍しいですね。

栗村 はい・・・。変な水分量のものが嫌いで。

一同 (笑)。

栗村 プリン、焼き加減が微妙なパンケーキ、蒸しパン、ぬれ煎餅・・・。ほんのり湿っているのが苦手で。カエルとかなめくじとか、湿った生き物も得意じゃないので、絶妙な水分量自体が苦手なのかもしません。ぬちょっていう、触った時とかの感じをイメージするのが。

多田 グミは?

栗村 ハードグミは好き。自分でも謎です。

永井 ありがとうございます(笑)。

塩入 塩入と申します。自分は着ぐるみがどうしてもダメ。頭だけがデカいのが不気味というか。

今日のテーマ「育てる」ってなんだろう?

永井 こんなふうに、哲学の種って、いっぱいあるんです。「怖い」ってなんだろうとか、その理由をじっくり聞いていると問いが生まれてきます。水分量なんて、どうゆうこと? なんで? と。みなさんの怖いはバラバラなんだけど「怖い」って同じ言葉を使っていますね。

普段は、ここから「問い出し」っていうのをすることもありますが、今日は、「なぜ人は育てたがるのか」というテーマをいただいています。これを聞いたとき、なんてよい問いなんだろうって思いました。まあ、問いはすべていいんですけど。問いならなんでも興奮してしまう私ですが、なかでもこの問いはめちゃくちゃよかった。この問いが生まれた背景から聞いていいですか?

栗村 周りで、「育てる」に積極的に関わっている人がすごく多いと気づいたときがあって。ペットでも植物でも、子育てでも。店頭で接客をしていても、お客様が経年変化の可能性にグッときて購入してくださることが多いのも、実感しています。自分にはズボラなところがあって「育てる」には苦手意識があるのですが、なにがみんなを夢中にさせるんだろうな、と気になったんです。

永井 育てるってなに? そういきなり考え始めるのはいきなり過ぎるので、みなさんが普段育てているものとか、具体的なエピソードから迫ってみましょうか。

根津 私は猫を2匹飼っているので、猫を育てています。「育てる」って言葉を聞いたとき、すぐ二匹の顔が浮かびました。もしかしたら野良猫として頑張って生きていけるかもしれないけど、たぶん、私がいないと駄目な気がして。

永井 なるほど。他の方はどうですか?

多田 後輩を育てる、とか? 自分の経験値であったり、相手がまだ培ってないものを伝えて、その向上が見えてきたりする。ある程度の仕事歴になると、自分の成長はなかなか感じられづらいですが、後輩が成長していくことで自分が対価を得ていると感じるときがあります。

自分ではそう思っていないけど「育てている」

田代 私は・・・、客観的に見たら育てていると思いますが、自分としてはあまり育てていると思ってない場合もあるかなって。それでもいいですか?

永井 もちろんです。

田代 植物ですかね・・・。

永井 客観的にはそうだけど、自分的にはそうでもない、っていうところを、もうすこし聞きたいです。

田代 「育てる」には、ある程度の愛情があると思います。でも私は、植物にそれほど大きい愛情があるかというとそうでもない気がして。私の愛情がなくても、植物は生きていけると思うんです(笑)。だから、自分はこの植物を「育てています」とは思ったことがないなあと・・・。水やりはするし、苗で植えたものに芽が出て、背が伸びて、実になっていく経過を見ているけど、育てている実感はそれほどないっていうのが正直なところ。だから、育てているものは? と聞かれたとき、植物と答えるのには、なんとなく違和感もあって。

永井 育てるって、意識的なのか、そうでないのか。愛情は必要なのか。いろんな定義が出てきました。哲学対話では、まずちゃんとみんなでバラバラになることが必要なので、いい感じです。では、たとえば愛情が必要だとしたら、なにを愛しているんですかね。

根津 私は猫だったり、対象そのものだと思います。後輩だったり洋服でも、その対象そのものに愛を持つというか。

塩入 難しいですね。対象に愛を持っていたら、一緒に過ごしてる時間も楽しいし、愛おしいと思うんです。愛情の対象を明確にするのって。

永井 では、愛情なしで「育てる」はできますか? 

田代 私は、行動としては植物を育てています。ただ、愛情だったり「育てている」認識は薄い・・・。でも育ててはいる?

多田 田代さんから見て、植物の変化は感じたりは?

田代 します。とても感じます。

多田 ってことは、愛情と呼べなそうでも、意識は傾けているんですかね。

田代 意識は傾けているし、大きくなると嬉しいんですけど、自分が育ててるっていう感覚はあまりない。

甲斐 もしかしたら、当たり前になっているからかな、と思いました。育ててるっていう感覚がルーティーン化されて日常になっているというか。

田代 それはあるかもしれないですかね。

「育てる」には、目的は必要?

永井 輪郭がちょっとずつ見えてきた感じもあるんですが、では、なにかを育てるには、目的は必要ですか? ゴールというか、どこかへ向かう志向性みたいなものがないと、育てるとは言わないんでしょうか?

多田 目的は「変化」ですかね? 育てているものが多様に変化しないと、育てている実感は湧かない気がします。水をあげていても、放っておいても変わらなかったら、なにもあげなくてもいいや、と思っちゃいそうです。乾いた先に枯れるっていう未来が予想できるから、それを止めようとするために水をあげて、水をあげることで育つっていうプロセスが派生していく。それで行動が連鎖していくようになっているんですかね。

塩入 変化しないモノは育てられない、というのは腑に落ちます。たとえば、造花があったとして、自分はそれに水はあげないと思います。水をやったところで何も変化してかないって思ったら、手をかけないですよね。なにか変化するだろうっていう期待を込めてアクションを起こすっていうのがポイントになりそうだなあと。

永井 ひとつのゴールがあって、一直線に変化していくというよりは、何かがあって、そこから派生して変化があって、またそっちで変化があって、とうねうねしていく。一方向的で、独りよがりなことというよりは「やりとり」なんですかね。

甲斐  育てる対象が植物であれ、物であれ、人であれ、結果は後からついてくるものなのかもしれません。その過程で変化を感じていく。自分が育てられていると気付いたり。それによって感情、たとえば愛情だったりが生まれてきたりする場合もあるってことなのかなあ、と聞いていて感じました。

「育てる」と「自己満足」の関係

栗村 自分がなにかに影響を及ぼすことができて、それが満足につながることはありそうです。対象が成長していくのが楽しいのもあるし、影響を与えられる自分がいることが嬉しい、っていうか。

永井 影響を与えられると、なんで嬉しいんですかね? その感覚すごいわかるんですけど。何で嬉しいんだろう? なぜ対象物と関われると嬉しいのでしょうか?

栗村 自分がいる意味・・・みたいな。すごく大きくなっちゃいますけど。

永井 なんでそれが嬉しいんだろう。すこし休憩しましょうか。

〈後編につづく〉

  • 永井玲衣

    1991年、東京都生まれ。哲学研究と並行して、学校・企業・寺社・美術館・自治体などで行われる哲学対話でファシリテーターを務める。OHTABOOKSTAND「ねそべるてつがく」で哲学エッセイを連載中。単著に『水中の哲学者たち』(晶文社)がある。詩と植物園と念入りな散歩が好き。

  • 田代呼子

    2014年入社。6歳からバレエを習いはじめ大学ではコンテンポラリーダンスにのめり込むなど、社会人になるまで踊ることにほとんどのエネルギーを注ぐ。ソフィア・コッポラとローカル映画館を愛し「下高井戸シネマ」や「飯田橋ギンレイホール」がお気に入り。

  • 多田健人

    2020年3月よりand wanderに参加。元代々木町のMT. and wander に勤務しながら、HIKING CLUBの運営を担当。幼少期はボーイスカウトに所属し、大人になってからはバックパッカーとして東南アジアを旅した経験も。

  • 根津千佳

    2008年入社。ショップスタッフを経て2020年よりYLÈVE事業部のセールス担当に。半径10メートル範囲ならすぐに発見できるという特異なレーダーを持つほどの大の猫好き。

  • 甲斐裕季子

    2019年入社。PR担当。むかし母が教えてくれたサルスベリが生い茂る森のような静かな場所と、コーヒーを淹れて過ごす朝の時間が好き。気になる場所は旅先で見つけるスーパー。

  • 塩入大輔

    2016年入社。以来SUNSPEL一筋で現在は表参道店に勤務。坊主歴7年のアート好き。コロナ禍を機に環境問題に目覚め、ヴィーガンにシフト中の愛妻家。

  • 栗村枝里子

    2013年入社。MHL.代官山店スタッフ。東北の山奥で生まれ育ったためか、静かで目に優しい場所が好き。大学で夏目漱石にのめり込み、現在も文学に浸水する日々。