#PHILOSOPHICAL DIALOGUE

哲学に耳をすませて。

永井玲衣さんと「育てる」についての哲学対話。後編

VOLUME.2

ある漢字をじっと見つめていると、
文字のかたちがなんだか不思議に思えてくる。
そのように、ひとつのテーマについて対話を重ねると、
かえってモヤモヤとして、わからなくなってきます。
しかしそれは、日常のなかで何気なく受け入れている言葉や問題に、
あらためて、広がりのある考え方を与えることなのかもしれません。
前編に引き続き、今回の哲学対話のテーマは「育てる」。
6人のスタッフたちが愛用品を持ち寄って「育てる」を掘り下げていきます。

Facilitator by Rei Nagai
Photography by Kohei Iizuka
Edit by Yoshikatsu Yamato (kontakt)

それぞれの愛用品

永井 今日は、みなさん愛用品をお持ちいただいているそうですね。順番にお話を聞けたら嬉しいです。

多田 このバングルとリングは、いつも身に着けているものです。アクセサリーが面白いのは、僕の場合、これが左右の手にないと体のバランスが崩れたような感覚になることです。だから、気分によって変えるのではなくいつもこれです。素材はシルバーですが、輝きが鈍くなっていくのがしっくりくる感覚がある。だからあえて磨きません。角が取れて、すこしずつ丸みを帯びていく様子を「自分色に染まる」と言えそうな感じもありますね。

塩入 僕は、物に関しては「自分で育てる」っていうより、もう育ってるものが好きです。古着とか。デニムやスウェットならちょっと汚れているものとか。古い家具も、そういうのがいいなって思います。誰かが育ててくれたというか。

永井 もう既に育っている、というのは面白いですね。

塩入 僕が買ってからは、自分パート(笑)。知らない人が着てきた服をガンガン洗ってほどけてきて、このへんがボロボロになってるのは俺のおかげ、みたいな。普通ならマイナスであろうことが自分にとってはマイナスではない。「お、穴空いてきたじゃん。よしよし」みたいな。

永井 ボロボロな状態を育っていると捉えると。それが成長・・・。不思議です。もしかすると、相手が自分っぽくなることが「育てる」なのでしょうか? 今のお二人の話を聞くと、時間が関係していますよね。バラバラのように見えてなにか共通点がありそうなので、もう少し考えてみたいです。

愛用品に気づかされる自分の変化

栗村 私の愛用品はブックカバーとペンケース。いつも持ち歩いています。こうなって欲しい、という目的があって育てているというよりは、結果的にできた傷や表面の艶から、自分の日々の変化や蓄積に気づかされたり、感じているところはあるかもしれません。

多田 確かに、経年変化って、結果的にそうなった場合もあるし、そういう変化を積極的に求めるというか、どういう質感になって欲しいのか、理想を描いていてプロセスを楽しむ場合もありますね。

永井 理想。プロセスを楽しむ。なるほど。他の方はどうですか?

塩入 このチェーンのネックレスは、自分で育てている認識があります。なるべく渋くしたいから、24時間つけ続けるっていうのを何日もしたり。風呂に入る時も寝る時も、絶対外さなかった。とにかく一ヶ月ぐらいやって、次第にくすんでくると、育てている感覚があったと思います。はやく自分に馴染んで欲しかったんですね。

永井 えっと、ちなみに、そのネックレスは今も育ちの途中ですか?

塩入 途中な気がします。そもそも、育てるには、明確な終わりってあるんですかね? はい、ここで終わりましたっていうのはなさそうです。

永井 育てはいつ終わるのか。これまた面白い問いです。

根津 これは私というより、猫二匹の愛用品の、またたびが入ったイカです(笑)。猫たちはこれを自分で運んで、ベッドで一緒に寝ています。

甲斐 私は収納ケースです。最近はできていないけど、旅行とか、どこかいくときに大中小で使っています。分類やパッキングが好きってわけでもなくて、むしろ逆。でもこれがあれば大丈夫、というような頼りになるものです。ストーリーがあるというよりは、本気の愛用ですね(笑)。

田代 私は手編みのニットを持ってきました。100時間ぐらいかけて作られたもので、かたちもサイズ感も11着違う。その丁寧に作られた背景が愛おしくて、私はこのニットが好き。でも、私自身が育てている感覚はないですね・・・。

永井 なんだか、愛用品をこのタイミングで紹介していただいて、よかったかもしれないです。「育てる」と「愛用品」って重なるようでいて、実は違うかもしれない。別に育ててはいないという気付きとか。でも、逆に、自分が育てられているってこともありそうですね。昨日はそこまでじゃなかったけど、今日はこの革の小物が輝いて見えるのを「このレザーは自分が育てた」と思うかもしれないですが、実は自分が育っているかもしれない。自分の審美眼が育っているという可能性もありませんか。育てていると思ったら、いや、育てられてるじゃん、というか。

育てる対象との関係性

とはいえ、なにかを育てるっていうことは、対象と、ある特別な関係を結んでいるんですかね? 勝手に育っていることってありえますか。関係性を結ばなくても、育っているという状態です。

多田 家の前の雑草が伸びてきて、窓に干渉してきたので刈り取ったら、急に関係を結んだことになった瞬間を思い出しました。そうすると、雑草の動向がより気になるようになってしまう(笑)。関わってしまったがゆえに、あるものが「育つ」と意識するっていうのはあるかもしれません。またあんなに伸びてきた、と成長過程を見るようになってしまう。

永井 なるほど。雑草が伸びて邪魔だなあ、と意識を向けていたことはあるけど、手をかけないかぎり、雑草が「育ってきた」とは感じないですよね。豆苗を育てるとか、よくあるじゃないですか。豆苗は、食べてるあいだは豆苗なんですけど、育てモードになると育てるぞ、関わるぞ、みたいな姿勢になる。

塩入 この世にあるものは、なにひとつとしてそれひとつで育つものはないかな、と思います。草であれば、光とか水とか。関係性はあるような気がします。

永井 壮大ですね。そう考えてみると、私たち、常になにかにめちゃくちゃ育てられてるし、育てている(笑)

塩入 逃れられないですね(笑)。

「育てるモード」に没入する

田代 「育てるモード」という言葉が出ましたが、小さいときって、そういうモードに入ることが結構あったと思います。自分はこれを育てている、という気持ちで対象に向かい合うみたいな。

永井 その感覚ってすごいわかります……。秘密基地とか。

田代 秘密基地! 私も思っていました。

永井 虫とか、勝手に生きてるだけなのに「私が育ててるわ」みたいな(笑)。対象物と特別な関係を結んでいると信じられていた気がして、でも大人になったらその感覚がなくなっていくというか。なんでなくなっちゃうんだろう? それにしても、この育てるモードって一体なんでしょうかね。

田代 なにかを育てたい自分モードスイッチ(笑)。

根津 小さい頃は、そのモードに入った自分が、楽しかった。虫をつかまえて、成長した! わー! 頑張ったね、と思うというよりは、「育て上げた私」そのものが嬉しかったし、そういう意識が強かったと思います。今は、もうちょっと対象がちゃんとあって、そっちが成長することに感動して、自分も嬉しい、という感じ・・・。育てているモードに入り込んでいたあの頃の自分は、もういません(笑)。

塩入 子どものときは、いつも「育てられている」っていう受け身の状態であることが多くて、庇護されている自分、守られている自分が、無意識的に感じられていたかと思います。でも、その弱い自分が、自分がいないとダメな存在を見つけると、なんとなく満足感を得られたというか、そういうことも考えられそうだなあと思いました。 

永井 守られるとか、庇護下とか。育てる側と、育てられる側には、どちらかに優位性があるんでしょうか。いろんな尺度があるとは思いますが、自分より劣るとか、弱いとか、育てるには、そういった条件が必要なんですかね。明らかに自分より力が強いものを育てる、とは言えませんか?

塩入 親を育てる。上司を育てる。考え方によってはあり得るけれど、違和感ありますね(笑)。

反対に、育てられないものとは?

永井 私、さっきから、逆になにを育てられないかな、と考えていたんですけど、電車は育てられないなって。今日も電車に乗ってきましたが、山手線は育てられる気がしない。無理じゃないですか?

一同 (笑)。

永井 それって、なんというか影響を及ぼせないからなんですかね。

田代 うーん、育てるモードで山手線を見ることができる人も中にはいるんですかね・・・? 山手線をつくった人は育てるモードになれるかもしれませんね。でも利用する人は、なかなか育てるモードにはなりづらいような。

永井 なるほど。関わりの濃度が高ければ高いほど、育てるモードになりやすいってことか。たとえばですが、みなさんは所属なさっているブランドだったり、企業を育てる感覚ってありますか?

根津 私は営業の仕事をしていて、ブランドを育てる意識で、卸先を開拓したりイベントの企画を考えたりとかしているような気がします。営業は、ある意味でブランドを育てる仕事なのかなって。

甲斐 企業は、売り上げなど数字として成長が視覚化できるかから、一緒に育っていると体感しやすいかもしれません。一方、人間関係であったり目に見えない対象物になればなるほど、自分の認識と、実際の成長とのズレは生じてくる気がしました。

永井 確かに。数値や視覚的な変化には実感が伴うし、一緒に育ってる感じはありそうです。私としては、山手線を育てようとしても実感が持ちづらい。

甲斐 でも、乗客のひとりひとりがいないと山手線は無くなってしまったかも・・・。そう思うと、山手線が今もあり続けるのは乗客が育てている?

一同 (笑)。

甲斐 そうなると、育てるモードって、日常のなかのいろんなところで言えるんだろうなって気がしました。

多田 アイドルだったり野球のファンも、育てモードに入っていることがあるかも。

永井 そういえば、ファンとの関係性の話は出ていなかったですね。ですが、はい。哲学対話は、いきなり終わります(笑)。そして、特にわたしの方からまとめたり、振り返ったりはしません。こうやって最初に決めた時間が来たら、モヤモヤしたまま終わります。もしかしたら、明日か一年後でも、「育てる」という言葉を聞いたとき、あのときにこう考えたと思い出したりして、このテーマとみなさんが、不思議な関係性を結んでくれるといいなあと思います。今日はありがとうございました。

一同 ありがとうございました!

田代 ちなみに・・・、永井さんがこれまで哲学対話をしてきて、これはこうだね、と参加者の意見がまとまったことはあったんですか?

永井 10年ぐらいやっていますが、一回もないと思います(笑)。今回の哲学対話はここまでですが、ここだけで考えるというよりは、ここで話したことをひとりで考えたり、家族や友達に話して考えたり、「気づいたらみんな哲学してる」世界になったらといいなと思っています。

  • 永井玲衣

    1991年、東京都生まれ。哲学研究と並行して、学校・企業・寺社・美術館・自治体などで行われる哲学対話でファシリテーターを務める。OHTABOOKSTAND「ねそべるてつがく」で哲学エッセイを連載中。単著に『水中の哲学者たち』(晶文社)がある。詩と植物園と念入りな散歩が好き。

  • 田代呼子

    2014年入社。6歳からバレエを習いはじめ大学ではコンテンポラリーダンスにのめり込むなど、社会人になるまで踊ることにほとんどのエネルギーを注ぐ。ソフィア・コッポラとローカル映画館を愛し「下高井戸シネマ」や「飯田橋ギンレイホール」がお気に入り。

  • 多田健人

    2020年3月よりand wanderに参加。元代々木町のMT. and wander に勤務しながら、HIKING CLUBの運営を担当。幼少期はボーイスカウトに所属し、大人になってからはバックパッカーとして東南アジアを旅した経験も。

  • 根津千佳

    2008年入社。ショップスタッフを経て2020年よりYLÈVE事業部のセールス担当に。半径10メートル範囲ならすぐに発見できるという特異なレーダーを持つほどの大の猫好き。

  • 甲斐裕季子

    2019年入社。PR・マーケティング担当。むかし母が教えてくれたサルスベリが生い茂る森のような静かな場所と、コーヒーを淹れて過ごす朝の時間が好き。気になる場所は旅先で見つけるスーパー。

  • 塩入大輔

    2016年入社。以来SUNSPEL一筋で現在は表参道店に勤務。坊主歴7年のアート好き。コロナ禍を機に環境問題に目覚め、ヴィーガンにシフト中の愛妻家。

  • 栗村枝里子

    2013年入社。MHL.代官山店スタッフ。東北の山奥で生まれ育ったためか、静かで目に優しい場所が好き。大学で夏目漱石にのめり込み、現在も文学に浸水する日々。