#OUTDOOR#TRAIL#FOOD

衣食住をかついで歩くJohn Muir Trailへの旅

ロングトレイル日記 その2 -歩きながら、そのつど考える-

VOLUME.7

MARGARET HOWELLのカフェ店舗で7年ほど勤務し、
現在、都内3店舗のキッチンリーダーをつとめる緑川千寿子さんは、
昨年の夏、約1ヶ月にわたってアメリカ「John Muir Trail」への旅に出た。
全8回にわたる日記の第二弾では、山々の多彩な表情に心を揺さぶられた歩き出しから、
食料を補給するために降りた最初の街までの道のりをお届けします。

Text by Chizuko Midorikawa (ANGLOBAL)
Edit by Yoshikatsu Yamato (kontakt)

829日 はじめの一歩

530分。朝ごはんはサンドイッチとカフェラテ。同じ方向を目指すハイカーたちと「またどこかで」と声を掛けあって出発する。

草原はキラキラして、驚くほど川が澄んでいる。なにもかもが瑞々しい。ぐるっと回って、360度、全ての風景を味わう。

一歩を踏み出すごとに、この場所に来れた喜びを実感し始めていた。そんなとき、トイレをするために山に入っていた彼がダッシュで駆け下りてきた。

「熊が出た、こっちに降りてくるから逃げよう!」。

さいわい何事もなく切り抜けることができて、John Muir Trailでの初日は必ず、と心に決めていた「赤飯」を食べる。アルファ米のもの。怖気付いてしまうようなハプニングがなんども続いたけれど、とりあえず出発ができた。予想を超える感動もあった。めでたい。赤飯をもぐもぐと食べながら、この旅の出発を祝う。

830日 星空とコヨーテ

顔に違和感を感じて起きる。明らかに目の前の景色がおかしい。「何事だ?」と焦ると、強風でポールが倒れてテントが崩れ落ちて覆いかぶさってきていた。洗礼を受けた気分。

朝ご飯を食べて、7時に出発。初めてのパス(峠)超えをしたら、すこーんと開けた石のエリアになった。地面に草が生え、高い木が並んだ昨日までの景色とはうってかわり、風土も文化も違う国に来てしまったような気分になる。

アップダウンをくり返して、肩にひしひしと食い込むザックを感じながら、サウザンド・アイランドレイクという大きな湖を目指す。すれ違う親子のハイカーが、絶景だったと強くおすすめしてくれていたのだ。

湖が見えたときの感動は忘れられない。16 時に歩き終えて、テントを張ることができた。歩くのは思ったよりしんどくて、荷物を減らす必要を感じる。マッシュポテトパウダーがたくさんあって重かったから、多めにマッシュポテトを作って消費する。そうこうしているうちに陽は傾き、空は色を変えていく。夜中、コヨーテの鳴き声が遠くのほうに。

831日 ハイカーズハイ

目を覚まして、美しい湖を見る。ずっとここにいたいと思う。朝ご飯はアメリカのインスタントのものにマッシュポテトパウダーも入れてカロリーイン。一緒に気合いも入れる。歩き出すと、さまざまな湖が水面をきらきらとさせていたり、花が咲いていたり。物資を運ぶ馬たちとすれ違う。マーモットと出会うことも多かった。

ここらへんで、と思ったところで、新しい熊の足跡を見つけてしまい無言でそこを後にする。そこからなぜか変なスイッチが入ってしまい、暗くなる寸前まで、ぐんぐん歩き続けた。ハイになってしまい、予定よりも78km先に。どうやら、明日降りる予定だった街の近くまで来ていたようで、車の走行音が聞こえてきたり、音楽も聞こえてくるような。人の気配になんだか安心している自分がいた。

91日 8日ぶりのシャワー

街に降りてモーテルで久しぶりにシャワー。4回目でやっとシャンプーの泡が立った。ランドリーで洗濯物もしてすっきりだ。

ロングトレイルの先駆者であり、インタビューをさせてもらった土屋さんは、私のゆとりのあるトレイルの日程を知ると、街も楽しむようにとオススメしてくれた。1ヶ月近くにおよぶ長い山歩きとはいえ、多くの場合、「山籠り」というわけではなく、ハイカーはところどころで街に降りるのだ。

92日 何回目かの断捨離

街に滞在しているうちに、持ち物を考え直しておく。なるべく軽くするつもりで、これからのことを想像しながら必要なものと日本に送り返すものとを分ける。シェラカップ、ヘラ、スプーン、サコッシュ、読むつもりだった文庫本、水中ゴーグルを手放すことにした。書いたら長くなってしまうけど、一つ一つの物には必要な理由、送り返す理由がある。それを意識しながら、荷物を軽くしていく。

「ウルトラライト」の基本はこれだと教わった。何種類もの調理器具を持つのもいいけれど、工夫をしようとすれば、一つのものでまかなえるのではないか。そうして工夫の方法を知れば結果的に持ち物はシンプルになる。

数日歩いてみて、私の場合、何冊もの文庫本は読めないな、とわかった。水中ゴーグルも、もういいかもしれない。このさきの湖は冷えて入れそうにないし、湖と水中の景色は十分、楽しめた。

荷物の仕分けは準備の段階でしておくべきだったのに、と反省をしたりもした。けれど、本や雑誌やネットのブログなどで見聞きしていたとはいえ、実際のロングトレイルは初めての経験だし、やってみないとわからないこともあって当然だ。そのつど、臨機応変でいいじゃないか。そう思えた自分が意外だった。

「臨機応変」。味気ない四文字熟語だけれど、これ、自分にとってのキーワードなのかもしれない。

もはや予測不能の事態が当たりまえになったロングトレイルで、あたふたとしながらも、真っ向からピンチに向き合って対応していく緑川さんの奮闘記は続きます。次回からは、ふたたび山道に戻り、一週間を超えるテント泊が。歩みを進めるほどに未だ見ぬ景色に圧倒されるJohn Muir Trail。背負ったザックに衣食住をつめこんで歩く緑川さんは、何を思うのでしょうか。

  • 緑川千寿子

    マーガレット・ハウエル 神南カフェで7年間を過ごし、現在はマーガレット・ハウエル カフェ3店舗のキッチンリーダーを務める。大好きな漫画や食にまつわるエッセイを片手にお酒を嗜むことが何よりの至福。