秋が見つからない / 文・山内マリコ
#ESSAY

秋が見つからない / 文・山内マリコ

Essay by Mariko Yamauchi
Illustration by Izuru Aminaka

 今年の秋はたがが外れたみたいに旅行ばかりしていた。石川県の能登の方まで観劇に行ったり、神戸や岐阜へも足をのばしたり、もうしばらく旅行はいいかなというくらい、どこかしら出歩いていた。とにかく夏が暑すぎるので、ちょっと旅行の予定を立てようと思うと、真夏を避け師走も避けて計画を練るうち、つい秋に集中してしまうのだ。

 仕事ではあったけれど、富士山の麓にも行った。紅葉が本格的にはじまるまであと一週間という非常に惜しいタイミングではあったものの、富士山はやっぱり特別だ。早朝のトレッキングで絶景スポットへ。目を凝らすと五合目や八合目に立つ山小屋が見えるくらいの距離で、気が済むまで、あのありがたいフォルムを拝んだ。

 帰り道、木々を眺めながら、ガイドの方と紅葉が楽しみですねと話していると、少し心配そうに、今年は葉っぱが色づく前に枝から落ちてしまっているとおっしゃっていた。たしかに足元を見ると、ぱらりぱらりと緑色の葉っぱが。まだ青々と繁る落葉樹の横で、すでに裸木になったものもあり、バラついているように感じた。十月に入ってからも夏みたいな気温がつづいたので、木々も体調を崩しがちな様子であるし、地球規模で“体質”が変わってきているのを実感する。その日も、秋というにはずいぶんと手ぬるい気温だった。

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 先日、ついに寒くなったな、と思っていそいそ毛布を出したのに、また暖かさが戻ってきてしまった。はりきって衣替えしたものの、出番の回ってこない服がたくさんある。

 秋は着るものに悩む季節だ。最高気温十八度の日はなにを着ればいいのか、いまだに正解がわからずググってしまうが、自分のなかで「秋の気温」の目安としてマーキングしている日が一応ある。

 二〇〇一年の十月中旬の晩に、その後十六年にわたって人生をともにすることになる猫を拾っているので、自分がその日着ていたものと、夜の空気がどんな感じだったかを、はっきり憶えているのだ。スウェットとジャージにストールという格好では明らかに太刀打ちできない冷え込みだった。寒さに震え、暖を取りに学生寮に迷い込んだ子猫を連れて帰った。そんな二十余年前の体感気温と比べても、今年の秋はまだまだ寒さが足りてない。

 しかし実を言うと、あれは秋だったなぁと、たしかに憶えている出来事といえば、愛猫と出会った夜くらいなのだ。はっきりと、秋だと言い切れるような思い出が、ほかにあまりない。成蹊大学の裏に住んでいたころ、真っ黄色に染まったケヤキ並木の綺麗さに度肝を抜かれたことなど、紅葉の印象がかすかにあるくらい。ふかふかに積もった枯れ葉を蹴りながら歩くときの、なんともいえず心地のいい音が耳の奥に残っているが、それっぽっちだ。

 もうちょっとエピソードを水増ししたいなぁと思って過去の手帳をぱらぱらめくってみても、おしなべて薄ぼんやりしているので困った。暑かったとか、寒かったとかいう肉体的ダメージが、案外、記憶というものを定着させているのだろうか。桜の季節は、「意外と寒い!」ということで、毎年鮮やかにわたしたちを驚かせてくれるが……。

 それにしても、春の千々に乱れた心が嘘みたいに、秋は無風だ。幸せだったということかもしれない。

 そうだ、秋はいつも幸せだった。

 自分が十一月生まれだからか、秋もすっかり深まった、冬のはじめくらいがいちばんしっくりくる。外に出るのがいやになるような、家の中でじっとしていたくなる季節が好きだ。温かい飲み物がほしくなり、素肌に柔らかいニット一枚でちょうどいい、チューリップの球根を植えるのに適したくらいの時季が。

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 そわそわと落ち着かない一月、その短さに毎年新鮮に戸惑う二月、三月四月の木の芽時は、医者もお墨付きの、心身ともにバランスを崩しやすい魔の季節。五月は五月病に要注意、六月は梅雨でどんより、七月八月は太陽に怯え、やっと平常心に到達するのが九月。そして十月と十一月は、とっても地味に、それとわからないくらい密やかに、幸せの絶頂を迎え、十二月に入るや否や、原稿の締め切りが軒並み繰り上がる“年末進行”にパニック状態。

 これがわたしの十二ヶ月である。

  • 山内マリコ

    小説家。2008年に「16歳はセックスの齢」で女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞。初の単行本は2012年『ここは退屈迎えに来て』。そのほか『パリ行ったことないの』や『選んだ孤独はよい孤独』など多数。2021年には『あのこは貴族』が映画化。エッセイ『買い物とわたし』や『一心同体だった』、『山内マリコの美術館は一人で行く派』も。最新刊は松任谷由実の少女時代を描いた『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』。