#Life#Repairing

壊れても、漆でなおして使っていける。

修復専門家・河井菜摘 インタビュー

鳥取や京都、そして東京の3拠点を行き来しながら、
陶磁器や漆器、竹や木をつかった製品など、日常使いの器をはじめ、
古美術品まで、1000点を超えるものを修復してきた河井菜摘さん。
修理の仕事を通じて「漆」という素材のポテンシャルを再発見し、
知識や技術を、各地で開催する教室を通じて、
さまざまな人の暮らしの延長線上に、そっと手渡しています。
壊れてしまったものに手をかけて、元に戻す。
「なおす」というささやかな成功体験が日々の生活に与える影響とは。

Photography by Mayumi Hosokura
Edit by Yoshikatsu Yamato(kontakt)

―壊れてしまった愛用品を預かって、修理をする。とても興味深いお仕事です。まず、河井さんが現在の活動を始めるに至った経緯から聞いてみたいです。

大学と大学院で、美術学部の工芸科に属する漆工を専攻していました。卒業して数年後に、京都にある茶道具の卸会社で、古美術品の修復業に携わります。大学では、漆を素材としたオブジェなど美術作品をつくっていましたが、実際に、物を修復するために漆を使ったのは、この時が初めてでした。ここで働いたことがきっかけでものをなおすことを仕事にしたいと思うようになり、京都市産業技術研究所というところで「蒔絵」を中心に漆工芸を学び直し、2015年に独立しました。

―「漆」という素材との結びつきが深いんですね。素材について深く学んでいきながら、それが修復の仕事に活かせた、というような。

そうですね。漆はとても不思議な素材なんですよ。塗料というと、ふつうは乾燥したところで乾きますが、漆は湿度の高いじめじめした環境で乾きます。空気中の水分と漆の成分が出会って硬くなるイメージです。かといって、湿度が高すぎてしまうと綺麗に乾かない。漆にとって快適な条件を探る過程は、まるで、生き物のご機嫌を伺うようでもあります。

―器としては馴染みがあるし、見た目のイメージもしやすいですが、そもそも「漆」とは何なのかは知らなかったなあと思いました。

漆は、漆の木から採取される樹液です。木の樹皮に傷をいれると、かさぶたをつくって傷口を守ろうとして出てきて乾くと硬くなります。それは、自然の塗料でありながら、時には接着剤になり、木や紙に塗り込むことで素材を強くもしてくれる。塗ることで素材に防水機能を持たせることもできる。一度乾いてしまえば、溶剤では落とすことができない強固さがあり、実は汎用性が高い素材です。それと、自然素材であるから長く手で触れていても、化学的なものではないからイヤな感じがしないというか、そういうところも重要なポイントである気がします。

時間をかけて乾くので、線がゆっくりと引けるだけでなく、金粉や銀粉を蒔けば、筆で書いた線が金属として綾取れる。そういった特徴があるために「蒔絵」といった漆工芸の表現が花ひらき、また「金継ぎ」など修復の技法にも使われてきたのだと思います。

―金継ぎは、漆を接着剤として用いつつ、その線に金粉を蒔いているんですね。最近は、骨董市やアンティークショップで継ぎの入った器がかえって魅力的に感じられたり、ワークショップや教室の開催などを目にする機会も多いです。

たしかに、金継ぎをすると「かえって良くなった」、「生まれ変わった」と表現していただくことも多いのですが、私自身は、器そのものが持っていたであろう佇まいを大切にしたいと考えています。なので、修理した箇所が器の雰囲気をできるだけ邪魔しないように、馴染むようにと心がけています。漆の色調の作り方や金粉の粒子の細かさ、研ぎ方によっても質感や印象が変わってくるため、器と向き合いながらさまざまな微調整を行なっています。

―欠けた部分や割れた部分を周りの質感に似せて修復する「共直し」も、河井さんはなさっていますよね。ホームページで事例を見ると、ビフォー、アフターが魔法のようです。もちろんそこには丁寧な手仕事の時間があるのだと思います。

はい。金継ぎに比べて、共直しはあまり認知されていない技法かもしれませんね。破損してしまった箇所を、できるだけなおしたことが分からなくなるように修復する、一見すると時を巻き戻すような修復技法で、古いものであれば「時代感を出した修理を」であるとか「オリジナルを残した修理を」など、依頼主の方のご要望に合わせて修理をします。漆は、朱色や黒のイメージがつよいかもしれませんが、さまざまな色が出せるので、漆で素材を模して共直しをすることもありますし、土や樹脂といった別の素材を使うこともあります。

―河井さんのアトリエには、時を経た古いものがたくさんありますよね。お仕事もあって、そのような環境に身を置かれているところもあると思いますが、「古いもの」にたいして愛着だったり、特別に感じていることはありますか?

古いものは、ただ古いというだけでなくて、それが生まれた時代を反映していると思います。例えば漆器やお膳からは食文化など、文化の存在がものから伺えたりもするし、時代ごとの技術が結実していると思います。

たとえば江戸時代にものづくりをしていた人は、家事やSNSに時間を取られることなくそのことだけに集中する時間を持っていた。だからこそ江戸時代に生まれた工芸品の技巧は今再現できない高みのものが多いです。そういった人の生活環境や条件と関連しながら、物は生まれているので、古いものを買うことは昔の暮らしや技術を買うことのようにも思います。かといって古い、新しいで区切ることはなく、どちらも等しく「もの」として暮らしに取り入れています。

―大学や大学院では、漆を素材にして美術作品をつくっていた、つまり、新たにものを生み出すプロセスだったと思いますが、河井さんがなおすために漆を使うようになったのは何故だと思いますか?

私も作家になるつもりで卒業したのですが、学校という場を離れて作品を作りはじめると、木や発泡スチロールを切ると端材が出たり、一つのものを作り上げるにあたって、副産物としてゴミがたくさん出てしまうことに違和感を覚えました。作ることは好きだけれど、売ることを目的としていない作品作りは出口が見つからずモチベーションが維持しにくかったんです。

そんなとき、茶道具の卸会社の修復部門で、漆で古物の道具をなおす仕事をはじめました。すると、新しく何かをつくらなくても、古いものに手をかけることで「蘇る」という感覚を知りました。ゼロからものを作らなくても価値のあるものは既にある。そして、ボロボロだったものが手の中で戻っていくプロセスは、私にとってはすごくクリエイティブな行為だと感じられたんです。そしてその過程で今まで知らなかった漆の一面も知りました。

―壊れてしまったけれど、河井さんが手をかけて、なおし、姿や形をあらためて持ったものには「持ち主」がいます。そういったところまで視点を引いてみたとき、修復作業は、持ち主の気持ちにどんな影響があるものだと思いますか?

思い出が詰まっている物が割れてしまったとき、たとえば、現行品で同じものが売られている場合も多々あります。何かしらの思い入れがあるから代用は効かないんだなと依頼をしてくださることで感じます。大切なものが壊れてしまって悲しい気持ちだったのが、元に戻ったとき、傷ついた心がすこし癒される、ということはあるのかなとみなさんの反応を見て思っています。

―ものは、持ち主の手元に帰っていく。

私のもとには何も残らない。写真だけでそれってなんというか、スマートですよね。私が請け負っている修復には、大きな機械も必要ないですし、この机と手元の道具さえあれば修復ができる。こうしたスケールも私自身に合っているのかもしれません。

―河井さんは、東京、京都、そして今日お邪魔している鳥取で、教室も開講されていますよね。

プロや職人の育成としてではなく、暮らしのなかで「なおす」、「繕う」ということをできるようになっていただければと思っています。金継ぎは、依頼に応えるだけの精度や強度を求めていくと、もちろん、専門的な知識や技術などが必要です。ただし、自分のために「なおす」ということは、初心者の方にとっても難しいことではありません。

金継ぎは、ものづくりと違い、個人が「何をつくろうか」と決めるハードルもなく、単純に、目の前のことに集中して手を動かすことの楽しさを発見してもらいやすいと感じています。

―自分の手で「なおす」という行為を金継ぎから実感していけたら、その視点は、身の回りの生活にも反映されたりもしそうですね。

たとえば、家族が気に入っている器を割ってしまったとき、いままでは怒って喧嘩になっていたのが、今は「直せばいいか」と考えられるから怒らなくなった、という話をしてくださった方もいました。

―チャーミングなエピソードですね。でも、切実だと感じました。ものに対する愛情はひとそれぞれ違いますもんね。ただ、そうして金継ぎを通じて「なおす」という工芸的な視点を持ったとき、おおらかになれる部分があるのだとしたら素敵だと思います。人に対してだけでなく、自分の経験を振り返ったときにあるほころびにもそういう視点で向き合えたらいいのかもしれない、とも思いました。

壊れて悲しく思っていたものを修理することで、自分でなおせるんだ、壊れてもなおせばいいんだ、という心意気を育む。そんな、ささやかな成功体験を提供できたらいいなと思っています。それに、さまざまな人やものに出会い、なおすのを手伝う教室は、私にとって、ひとりで手を動かしているだけでは気づかなかった発見のある場所でもあり、自分自身の学びにも繋がっています。

  • 河井 菜摘

    修復専門家。鳥取、京都、東京の3拠点で生活をしながら漆と金継ぎ、欠けや割れのある箇所を周りの質感に似せて修理する「共直し」を主軸とした修復専門家として活動している。陶磁器、漆器、竹製品、木製品など、日常使いのうつわから古美術品まで1000点以上の修復を行う。また、各拠点で漆と金継ぎの教室を開講し、漆作家としても活動している。