#OUTDOOR#TRAIL#FOOD

衣食住をかついで歩くJohn Muir Trailへの旅

ロングトレイル日記 その7 ―ハイカーたちが賑わう街で―

VOLUME.12

MARGARET HOWELLのカフェ店舗で7年ほど勤務し、
現在、都内3店舗のキッチンリーダーをつとめる緑川千寿子さんは、
昨年の夏、約1ヶ月にわたってアメリカ「John Muir Trail」への旅に出た。
第7弾では、帰国の飛行機へと乗るサンフランシスコに向かうまでの日々を綴ります。
穏やかなビショップの街で、自らが身を置く環境の変化に驚きながら、
長かった旅にもいよいよエンディングに近づいてきました。

Text by Chizuko Midorikawa (ANGLOBAL)
Edit by Yoshikatsu Yamato (kontakt)

919日 流れていく景色、音楽、そして実感

ゆっくりと7時に起床。

お守りのように持ち歩いていた山戸ユカさんのトレイルフード、The Small Twistを食べる。調味料以外は背負ってきた食材をほとんど使い切った。日本から送ったものや、買い足したもので結果的にうまく帳尻が合ったのは達成感があった。ゆったりと朝ごはんを食べ、今のところ山を離れる寂しさは感じないけれど、この長いテント生活に慣れた身体が普通の生活の戻れるのかが逆に心配だ。

標高が下がっていくと、木々の様子も変わっていく。人も増えてきた。下山をしながらの会話はというと、街に着いたら何を食べたいか、ハンバーガーを何個食べるかばかり。2時間ほど下ったころに道路が見えてきた。登山口にあるストアも見えた。今までで一番の猛スピードで、トレイルラン選手ばりに駆け下りた。お肉が食べたい。お肉!

嬉しすぎてずっと笑いながら食べていた。ハンバーガーにポテトフライ、ビールやジュース、ポテトチップ2袋とチョコレート、アイスクリームもペロリと食べた。私の胃袋はどうなってしまったんだろうか。

麓の街までヒッチハイクをする。もう慣れたものだ。それも嬉しい。トレイルを歩き終えた友人を迎えに来ていた青年たちが乗せてくれる。窓の外で、山が遠ざかっていく。

車のなかで流れた音楽が、あまりにも風景や自分の気分にぴったりだった。まるで映画のワンシーンのよう。やり遂げた嬉しさと、終わってしまう寂しさ。本当に終わりかー。心地よい音楽と、どんどん流れていく広々とした山の風景。登頂できたマウント・ホイットニーも見えた。シエラネバダの山脈を歩いて歩いて、あの場所に立てたのだ。ハプニング続きだったけれど、こうして、街に帰る車に揺られている。やるじゃないか、自分。

920日 「当たり前」の大きな変化

ふかふかのベッドでしっかりと寝た。起きがけに「あ、もう歩かなくていいんだった」と思った。物理の授業で習った「慣性の法則」みたいな感じだろうか。ずっと動いていたものが急に止まって、ふっと拍子抜けするような感覚。

寝起きの体は軽い。体重計に乗ったわけではないが、トレイルを通して痩せたのがわかる。当然といえば当然かもしれない。昨日までは、13キロもの荷物を背負って、ほぼ毎日20キロ近く歩いていたのだから。

お腹が空いて仕方がない状態は街に降りた今もまだ続いていた。朝食にと選んだレストランは行列ができるほどの人気店。盛況なだけあってやはり美味しかった。日本での生活なら食べ切れないであろうアメリカンサイズの朝ごはんも余裕で完食してしまう。オムレツも、野菜も、なみなみと注がれたコーヒーも、美味しくてたまらない。

予定よりも早くゴールを迎えて下山していたから、街でのんびりと過ごせる日がすこし増えた。帰国は4日後の早朝。そうだ、またビショップに行こう、とバスに乗る。一度滞在したあの街がとても気に入っていたのだ。前回もお世話になったゲストハウスにチェックインし、すっかりその味のとりこになっていたパン屋へと向かう足取りは自然とはやくなっていた。

街は、お湯が出る。シャワーは毎日浴びることができる。洗濯もできる。冷えたビールもあるし、熊を気にかけることなく食事ができる。飲み水は自分で浄水する必要もない。環境の変化はあまりに鮮明だったけれど、元はと言えば、私にとっての「日常」や「普段」と呼べるものは、こうした街での生活のほうにある。しかし、ロングトレイルを経験したことによって、日常生活というものがどれほどの恩恵によって支えられているのかということを改めて再確認することができた。

921日 素敵なトレイルを!

夜はゲストハウスにあるリビングスペースがハイカーで賑わっていた。補給のためにこの街に立ち寄っている人や、John Muir Trailよりさらに長いトレイルを歩き終えた人だったり、状況はさまざまだ。そして偶然の再会もあった。最初に挨拶を交わしたのは、もう思い出になっている険しい峠。お互いが無事にゴールできたことを「おめでとう!」と称えあい、乾杯する。皆が笑顔で過ごす、良い夜だった。

トレイルのあいだに出会ったさまざまな笑顔を思い出す。私たちは、Have a nice trail! とか、Happy trail! と声を掛け合うのだった。最初はこの一言が恥ずかしくて、すんなりとは口にできなかったけれど、その挨拶がだんだん心地よくなっていた。日焼けをして、砂埃にまみれて、着ているものもずいぶんと汚れてしまっているけれど、お互いの歩いてきた道のりにリスペクトを込めてする挨拶が、私は好きだった。

ゴールも、そこへと向かうペースも、年齢も、生まれた国も違うけれど、「歩くこと」を楽しむ気持ちを共有しているハイカーたち。この日は遅くまで、心地よい時間の流れるリビングで過ごした。

次回はついに連載最終回。サンフランシスコから日本へと帰国した緑川さんがこの旅を振り返りつつ、これまでの記事で掲載の叶わなかったJohn Muir trail が見せるさまざまな景色の写真もあわせてお届けします。

  • 緑川千寿子

    マーガレット・ハウエル 神南カフェで7年間を過ごし、現在はマーガレット・ハウエル カフェ3店舗のキッチンリーダーを務める。大好きな漫画や食にまつわるエッセイを片手にお酒を嗜むことが何よりの至福。