#ART#CURATION

ART FOR EVERYONE

あなたとアートの関係を示すために

VOLUME.4

美術館に所属せず展覧会を企画し、その実現まで、
作品の読み取りやアーティストとの対話を重ねる「インディペンデント・キュレーター」。
若手ながらも数多くの展覧会を企画している長谷川新と、
90年代の日本アートシーンを第一線で走りながらも渡米、臨床心理士の資格を取り、
新たなアートのアプローチを探る西原珉。
今回の対談では、90年代から活動を始めた作家のなかで重要だと語る、
現代美術家リクリット・ティラバーニャにフォーカスします。

Photography by Yuri Manabe [portrait], Toru Oshima [books]
Edit by Yoshikatsu Yamato (kontakt)

インディペンデント・キュレーターの両氏に「アート」や「キュレーション」、そして、それらがどのように私たちの生活とかかわってきたかを語ってもらう本連載。続く3回では、アートシーンに重要な影響を与える作品を発表した、作家やその作品に注目していきます。

今回取り上げるのは、さまざまな国で教育を受け、ニューヨークやベルリン、バンコクを拠点に活動を続けるタイ人の現代美術家、Rirkrit Tiravanija(リクリット・ティラバーニャ)。おばあちゃんから教わったレシピのカレーや、タイ風焼きそばを美術館や画廊の来場者にふるまった彼の作品の意義とは?

長谷川 西原さんのキュレーションで、1990年代展を準備中ですよね。

西原 今まさに準備しています。

長谷川 東京における90年代のアートって、内側から見ているとどんな感じでしたか?

西原さんがキュレーションを務める
「アーリー90’s トーキョー アートスクアッド」展は、
90年代東京のアートシーンを検証する展覧会。
会場 : アーツ千代田3331
2020年3月18日ー4月29日(会期中無休)

西原 その頃は、どんな仕事に就いていようとも各自が創造性を発揮できる社会に向かうんだ、という、現代美術家のヨーゼフ・ボイスのメッセージが紹介されたりしていたこともあって、当時のアーティストたちは、アートと、より多くの人々との関わりを意識していたかもしれません。

長谷川 ボイスの「社会彫刻」という考え方ですね。

西原 はい。私自身、90年代の真っ只中にいたときはあまり意識していませんでしたが、当時のアーティストの活動を振り返ってみると、それまでは「アート」と見なされていなかったことがほとんどだったな、と思いますね。多くの人が娯楽として知っているマンガだったり、TVアニメなどのサブカルチャー要素が普通に作品に入ってきたのもそうですし、多種多様なパフォーマンスがあったりして。

長谷川 素朴な質問ですが、西原さんのアーティストのやりとりもそうですし、アーティスト同士はどうやって連絡を取っていたんですか。

西原 家の電話とファックスです。言いたいこと、語り合いたいことが有り余っている。しかし、SNSはおろか携帯もないので、直接会うか、A4にびっしり字が書かれたファクスを送るか。デジタルカメラも一般には普及していなかった時代で、ビデオは磁気テープのリニア編集。それだけに、こめられた熱量は圧倒的なものがありました。

長谷川 ツールの変化は大きいですよね。今の美大生は卒業制作で作品としてゲームを作っていたりしますし、我の強いApple製品を「匿名の文房具」として扱えている。

西原 若いアーティストはVR(バーチャルリアリティー)を使っていたりもしますね。アーティスト側だけではなく、見る側にとっても、90年代からの変化は著しいのではないですか。

長谷川 ですね。この頃いくつかの話題作を世に出しているNetflixが、視聴者の手で再生速度を変えられるようにしたじゃないですか。映画やアニメを1.25倍速や1.5倍速で見たりするってことって、かつては大量のアニメを見たい人だけが止むを得ずやっていたことだと思うんです。でも、そうした見る側の操作がとても身近な鑑賞行為に入ってきている。そうなってくると、美術館の映像作品は耐え難いだろうなと。

西原 自分でもそれは感じます。それこそ昔フィッシュリ&ヴァイスの映像作品《事の次第》を30分間座って何周も見たときのような耐性はないかもしれない。倍速で見て去りたい、みたいな。

長谷川 ちょうど今、 湾岸戦争をテーマにした展覧会が ニューヨーク近代美術館の別館「MoMA PS1」で行われています。内容面はもちろんですが展覧会の組織体制なども含めて問われていて、 アーティストが作品を展示しないように主張するなど紛糾しています。この展覧会の射程は1991年から2011年で、中東の問題を過去のものとせず連続的に描き出そうとしているのですが、湾岸戦争などの90年代初頭の事件に対して日本のアートシーンの反応はどうでしたか。

西原 自分の肌感覚としてですが、国内では抑圧されていたような感じはなくて。かといって、制度に対する異議申し立てがなかったかというとあったのだけれど、今のようにコレクティブな、つまり、複数の人がまとまってアクションをするような流れはできていなかった。

長谷川 なるほど。

西原 ベルリンの壁崩壊だったり、ソ連の解体、という「大きな物語」がまさに消えていく時期にあって、その大きな物語に抱かれていた「個人の問題」にまずは向き合っていたような気がします。そうした90年代の動きは、国内だけのことではなかったかもしれませんけれど。

長谷川 確かに。

西原 本人はどこまで波及効果があるかとかは意図していないのだけれど、結果として振り返ってみると、90年代に発表されたあの人のこの作品がエポックだったなっていうのはありますよね。その作品の登場が、それ以前と以後を決定的に違ったものにするような。

長谷川 過去の「名作」を盲目的に全肯定するというのは違うと思っています。でも他方で、力のある作品というのは、自分がひとりじゃないと確信できるというか、自分たちがその作品の続きにいるし、一緒にもいる、という手応えを感じさせてくれますよね。時間が経って、もう今では「最適解」じゃなくなっているとしても、その作品を通過してまた新たな場所を作っていけるという気がする。一つの作品が「最適解」であり続けるということは当然なくても、その時代、その場所の様々な条件のなかから飛び出してきた、その時点での、全力の表現なわけですよね。

西原 そういう意味でいうと、私が一番大きいなって思っているのが、リクリット・ティラバーニャですね。年齢は少し上ですが、90年代なってから出てきたアーティストなので、わりと長い付き合いがあります。90年代初期、圧倒的にアジア人アーティストの少なかった欧米中心のアートシーンで、彼がコンセプチュアルな転回点を示したことの意味は大きかった。後に、とても重要な文献であるニコラ・ブリオーの『関係性の美学』で語られたり、ハンス=ウルリッヒ・オブリストという当時猛烈な勢いで展覧会を手がけていたキュレーターと幾つかの展覧会を共同で企画したり、まったく新しいコンセプトを切り拓いたアーティストだなと思っています。

長谷川 そうですね。

Yutaka Sone, Rirkrit drawing for Picnic in Carrara

Picnic in Carrara 2016

西原 リクリットはタイ人なんですけれど、カナダやアメリカで教育を受けています。制度への異議の立て方は実に論理的ですよね。1992年にNYのギャラリーで行った展覧会「Free」で、彼はギャラリーでご飯を炊き、タイカレーを作って来場者に振る舞った。彼の祖母がタイでレストランをやっていて、おばあちゃんのレシピでグリーンカレーやパッタイとかを作ったと言っていましたね。

長谷川 彼の代表的な作品ですね。

Rirkrit Tiravanija
Untitled (Free) 1992
Installtion view at 303 Gallery

西原 とはいえ、今だにリクリット=カレーと言われて、そこは少し気の毒だったりもします(笑)。日常的な行為を、単に場所を変えて、ギャラリーや美術館という違う文脈のなかで料理をした、食べ物を出した、という意味ではリクリットは別に目新しいことをやったわけではないと思います。料理や食べ物は彼の絵の具であって、その絵の具を使って生まれた空間で、そこに来ていた人々がシェアできた瞬間っていうのがそこにはあって、その、「瞬間をシェアすることの美しさ」が、ここまで明確に「展示」されたことはなかった、ということだと思うんです。とはいえ、実際にはリクリットが発表をした後の一時期、フォロワー的な方法のアートがたくさん出ましたね。  

長谷川 あまりにも鮮烈にデビューした結果、日本に限らず、ちょっと詳しい人だと「リクリットね、塩焼きそばを作った人でしょ」って小馬鹿にすることさえあります。

『SOLOS リクリット・ティラバーニャ展』
(2002, 東京オペラシティアートギャラリー)

西原 彼の創り出す、来場者が食事をしたり、一緒の時間を過ごす空間は、視覚的なインパクトがものすごかったりする見世物的な強さはない。つまり、スペクタクルではないのにとても新しかった。もしかすると、個々の作品を見ても、あまりリクリットの強さって伝わらないのかもしれないですね。

長谷川 たんなる「方法」として受け取ってしまうと、見過ごされてしまう「技術」が詰まっていますね。

Rirkrit Tiravanija
Untitled (Mobile Home) 1999
Installtion view at Foundation "la Caixa", Barcelona, Spain

西原 リクリットがやっているのはどういうことか、ではなくて、焦点を合わせるといいと思うのは、彼の作品の結果として、どういった空間が生まれ、それがシェアされたかなんですよね。彼はあっけらかんと、おばあちゃん直伝のレシピをふるまうという日常性を美術館でやるということに際して、精巧な模型を作ったりして、自分がしている体験の視野や、空間の体験をどうシェアできるか、といった研究を行なっている。だからとても透明感のある展示ができるんです。

長谷川 表現や技術は、発表と同時に猛烈なスピードで消費されていくわけで、あっという間に物珍しくもなくなるし、その時代の「当たり前」に抵抗する実践として効果を発揮しなくなっていきます。社会は常に変化し続けているから。でも、決して表現や技術がまったく無意味になるわけではない。

ここがアートの大切なポイントな気がしますね。

ミシェル・フーコーという思想家が言ってるとおり、だからこそ、人間の時間を「進化」ではなく「歴史」と呼ぶんだと思います。

Rirkrit Tiravanija
Untitled (Free/Still) 1992/1995/2007/2011-
Installation view at MoMA

次回は、同じく90年代より本格的に発表を始めた写真家Wolfgang Tillmans(ウォルフガング・ティルマンス)について。ティルマンスの撮る日常的で断片的な写真、彼が行なったギャラリーでの展示方法が持っていたアートシーンへの影響を紐解きます。

  • 長谷川 新

    1988年生まれ。インディペンデント・キュレーター。主な展覧会に「クロニクル、クロニクル!」(2016-2017)、「不純物と免疫」(2017-2018)など。PARADISE AIR2017-2018年度ゲストキュレーター。美術評論家連盟会員。現在、日本建築学会書評委員、日本写真芸術専門学校講師を務める。4月から「約束の凝集」(gallery αM)を開催予定。

  • 西原 珉

    1990年代の東京のアートシーン黎明期にキュレーター、評論家、アートマネージメント、ライターとして活動。2000年にロサンゼルスに移住。臨床心理カウンセリングの大学院を修了し、福祉事務所にて勤務。帰国後、カウンセラーの経験を生かした新たなアートのアプローチを模索している。318日よりアーツ千代田3331特別企画展として開催される「アーリー90s トーキョー アートスクアット」にてキュレーションを担当。