#ESSAY

かえってゆくもの

文・西加奈子

Essay by Kanako Nishi
Art & Photography by Kanako Nishi

 家族でバンクーバーに引っ越した。40歳を過ぎての語学留学だ。

 バンクーバーでは家具付きの家を借りることにした。滞在は2年だけの予定だし、東京のマンションを残していくから。2歳の子供と9歳の猫連れ、なるべく引っ越しも移動も身軽で行きたかった。

 船便と航空便合わせてダンボールが15箱ほど、そして当日持ってゆくスーツケースが二つ、この中にすべてのものを納めようと決めた。自然、荷物は精査されることになる。

 一番悩んだのは本だった。

 バンクーバーには日本の本屋がなく、どうしても日本の本が欲しい人は、国境を越えてシアトルまで買いに行くらしい(シアトルにはKINOKUNIYAがあるのだそうだ)。つまり、簡単に日本の本を手に入れることが出来なくなるのだ(しかも私はAMAZONのアカウントを持っていないし、電子書籍を好まない古い人間ときている)。

 職業柄、というだけでなく、きっと日本語が恋しくなるのは間違いがなかった。特に日本の小説が。もちろん英語を勉強して、英文で小説を読めるようになったら最高だけど、上達は見込めない。そんな風に色々考えながら、ダンボールに本を詰めてゆく。毎度の引越しでも感じることだけど、本って、まじで重い。だから、今回の引越しでも、一番小さい段ボールに2箱まで、と決めた。船便や航空便はダンボールの数はもちろん、重量で料金が決められるからだ。

 苦しい精査を重ねて、結果自分が選んだのは、例えばこんな本たちだった。

 角田光代新訳の「源氏物語」、太宰治と夏目漱石と川端康成の短編集、トニ・モリスンとジョン・アーヴィングの文庫すべて、ディケンズの「大いなる遺産」にドフトエフスキーの「罪と罰」・・・。

 自分にとって大切な小説はもちろんだけど、どこかオーセンティックなものが残った。それが興味深かった。現代作家の本もたくさん持っているのに、そして大好きなのに、それらはあっけなく選から漏れたのだ(残念ながら、自著もだ)。

 これは、服にも当てはまった。もちろん、靴にも、バッグにも、アクセサリーにも。

 同じように精査するとなると、どうしてもオーセンティックなものが残る。

 ストレートのブルージーンズ、黒のローゲージのセーター、グレーのタートルネック、ボタンダウンの白いシャツ、黒のスニーカーと革靴、やはり黒のリュックとマフラー、ゴールドのフープピアスと、シルバーのイヤーカフ。

 ファッションが大好きだし、正直、「本当におしゃれな人は服を●着しか持たない」系の提言を「うるせぇよ」と思ってきたタイプだ。鮮やかな色も柄も好きだったし、「わー、これ、どうやって着るんですか?」みたいな奇抜なデザインも大好きだった。でも、必要に迫られると、クローゼットの中はスーパーシンプルになる。小説と同じだ。きっと長く一緒にいることになるもの。原点にたち帰るもの。

 そしてそれらを改めて着てみたら、すごくしっくりきた。今の自分に、とても似合うのだ。

 結果、こちらに来て、さらに送り返したものすらある。

 黒だけど小さすぎるショルダーバッグ(こちらでは大きなリュックしか使わない)や、グレーだけど裾がかかとまでくるスラックス(バンクーバーの冬は、レインクーバーと言われるくらい雨が降るから、くるぶし丈のパンツじゃないとぐっちゃぐちゃになる)、これくらいのデザイン性はアリだろうと思った、後ろだけ裾の長い水色のシャツ(ええっと、とにかく着るタイミングがない。大好きだったのに!)。

 もちろん、逆にこちらに来て欲しくなったものもあって、それはカラフルな靴下だ。いくらシンプルがいいと言ったって、やはり寂しくなる。そんなとき、バスやカフェで、靴下に目がいくようになった。

 カナダの人も、基本シンプルな服が多い。黒、グレー、ネイビー、ほとんど私のラインナップと同じだ。でも、中に、カラフルな靴下を履いた人たちがいる。座ったときにチラリとしか見えなくても、明るいものが目に入ると、みんな嬉しいのだろう。

 紫の地に黄色の水玉、ヒョウ柄、青と緑のストライプ。

 柄物には挑戦しなかったけれど、無地のカラフルな靴下を何足か買ってみた。自分ではあまり見えないけれど、やっぱりバスやカフェで、だれかが自分の靴下を見てくれていると思うだけで嬉しい。何より、「カラフルなものを身につけている」と思うだけで、ワクワクするものだ。

 こうやって書いていると、なんだか「自分」がないなぁと思って恥ずかしくなってきた。環境によって自分の好みが変わるなんて。こんなにも人に影響されるなんて。でも、当然だけど、それも「自分」だ。

 こうやって環境に、人に影響されながら生きてゆくのが、今の私。今日の靴下は黄色で、バンクーバーは、朝から雪が降っている。

  • 西加奈子

    1977年 テヘラン生まれ、カイロ・大阪育ち。2004年『あおい』でデビュー。2007年『通天閣』で織田作之助賞受賞。2013年『ふくわらい』で第一回河合隼雄物語賞を受賞。2015年『サラバ!』で第152回直木三十五賞を受賞。(著者プロフィール撮影:若木信吾)