本を作る 名久井直子 (ブックデザイナー) THE WORKING―仕事
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THE WORKING−仕事

本を作る 名久井直子 (ブックデザイナー)

VOLUME.4

ほぼ全ての人が仕事をする。
理由やその形はさまざまだけれど、それは生きる上でとても大切なことのひとつ。
時代とともに変化する仕事について知ることは、
今とその先のいろいろなことを“考える”きっかけになるかもしれない。
何か特別なことではなくて、さまざまな人たちの生業について見聞きしたいと思う。
知らない土地を旅するように。

Photo by Yurika Kono
Edit by Yoshikatsu Yamato (kontakt)

本は、読まないとわからない。しかし、本そのものは目に見えるし、手で触れることのできる立体でもある。ブックデザインとは、本の姿やかたち、質感を決め、そこに書かれた文章へと読者を誘う扉をつくり、道をつくる仕事だ。なによりも優先されるのは、ひとりひとりの「読む」であって、書かれた物語を届けること。「本は物語の乗り物です」。そう語る名久井直子さんは、文芸作品をはじめ、絵本や漫画、写真集などを手がける人気ブックデザイナー。物語に対するリスペクト、本づくりに対する信念をやさしげに語る名久井さんに、仕事について話を聞いた。

―まず、名久井さんはどちらで仕事をなさっているんでしょうか?

名久井 自宅ですよ。一時期、別にスペースを持ったときもあったんですけど、戻しちゃいました。

―それはどうしてですか?

名久井 帰らなくなるから(笑)。今は猫もいるし、自宅がいいんです。昼間は打ち合わせして、夜に作業をする。夜中の3、4時くらいまで起きています。

―仕事はじめに、必ずやることはなにかありますか?

名久井 メモ帳に、その日やるべきことを書き出して、キーボードの下にマスキングテープで貼ります。それを消していきながら、消しきったら、1日が終わる。

―消化しきれない日はあるのでしょうか?

名久井 消しますね。なんとしても。

―翌日には持ち越さない?

名久井 持ち越しません。だって、明日は明日でやるべきことがあるでしょう。溜めてしまうと、より大変になってしまいます。私、締め切りはわりと守るタイプなんです(笑)。

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―お仕事、本当に沢山なさっていますよね(名久井さんのお仕事一覧は、こちら)。

名久井 どうなんでしょうか。人と比べていないからわからないですが、年間100冊くらいかな。ただ、ビジネス書をやっているデザイナーは、年に300冊くらいつくっていると聞いたことがあるので。そんなに多くない方なのだと思います。本づくりには、本当にさまざまなプロフェッショナルの方や機械が関わっています。工業製品を作っているんだ、という意識がありますね。

―やることリストを作ること以外に、仕事を始めるためのスイッチはありますか?

名久井 切り替えは得意なんです。起きて、デスクに座ったらすぐに始められる(笑)。バァーって、部屋着のまま集中できます。

―学生時代、課題なども、休みに入ったらすぐ着手するタイプでしたか?

名久井 いえ、最終日に泣きながらやるタイプでした(笑)。仕事もね、いつもギリギリって感じですよ。それが通常運転なんですけど。

―仕事中、なんとなく集中できないな、気が散るな、ということはありますか?

名久井 集中力はあるほうだけど、飽きたりはします。そうしたら違う案件の仕事をする。コーヒーを飲んだりとか、ナッツをかじったり。あと、京都に本店のある有名な金平糖をつまむ。「緑寿庵清水」というお店のもので、とても美味しい。もったいないからすこしずつ食べています。金平糖って、ちがう色でも同じ味だと思っていましたが、そこの金平糖は、色によって味が違う。それでね、ひとつぶの情報量がすごい。ながら食べですね。仕事から完全に離れるような、休憩らしい休憩はとっていないかもしれません。

―それでは、仕事を終えるときに決まってしていることは?

名久井 クールダウンのためには、いろいろやっているのかも。寝る前に、「どうぶつの森」をしたり、何百回も読んでいる漫画を読んだりします。安心するんですよね。仕事で脳がヒートアップしたままだと寝付きがよくないから、大好きな漫画を読んだり、ゲームをしたり、パズルをしたりしてから寝ています。

―「ブックデザイン」のプロセスについて教えてください。

名久井 最初に「ゲラ」といって、作家が手を入れる前の草稿が届きます。それを読み終わるくらいには、カバーに写真をつかうか、イラストにするのか、あるいは文字だけにするのか、ということのイメージが出てくる。それを編集者に伝えてオッケーであれば、イラストレーターさんに描いていただいたり、写真を撮影します。そして素材が手元にきたら、レイアウトを始める。だいたいは、最初の段階で、こういう感じっていうことまで決めているので、その雰囲気になるよう進めていきながら、紙や、加工を決めます。紙も種類がありますし、箔押しやニスなど加工もいろいろあるので。

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―その過程で、悩むことはありますか?。

名久井 あるけど、そんなにはないかもしれません。あらゆる場面で、細かい決断をしていますが、ぐーっと悩んだりはしないかな。最終形をどういったものにするかは、お金も関わってくるから、予算で選択肢が絞られることもある。本の値段って、好き勝手をすれば、100円、200円、かんたんに上がってしまうんです。むやみに本が高額になってしまうことを、私は良いことだと思わないので、家計をやりくりするみたいに計算します。こっちで贅沢したら、こっちは抑えておこう、とか。制限は大事ですね、

―本の顔であるカバーは、どのようにデザインを決めていくのでしょうか?

名久井 私は、本を多くの人に届けたいと思っています。ストレートな言葉で言えば、本を売りたい。まず、その本を若い方に響くようにするのか、もうすこし老齢の方に向けて届けようとするのか、どこに投げるのかを考えます。もちろん、若くて老成されている方もいるし、お年を召していても若い感覚の方もいる。それをふまえたうえで、著者や編集者が届けたいと思っている方々や、私が読んで、こういう方々に届くのではないかと考える層の、好みとする傾向を想像し、このあたりかな? というバランスを見極めます。

―写真、イラスト、文字だけ、など、カバーの要素はどうやって決めるんですか。

名久井 本の内容の雰囲気を表現しやすいのはどちらか、によります。たとえば、写真の方がエッジの立ったテイストというか、かっこいいな、とか、憧れになるようなものがつくりやすい。一方で、イラストは、柔らかくて優しげなものが得意だったりするし、実際にはないシュールなこと、イマジネーションをビジュアル化するのも得意です。例外もありますが、あえて言葉にすると、こういう違いですかね。

―名久井さんのデザインした本は、静かというか、静かではありつつ、なんとも気を惹くデザインであるように思います。

名久井 書店で、本が運よく平積みになったとして、人は1冊の本に、5秒も目を止めていないと思うんですよね。その短い時間で受け取ってもらえる情報には、限りがある。沢山の要素を入れても、うまくいっていないと、「なんだかゴチャゴチャ言ってるな」という印象になってしまうかもしれません。それに、得手不得手もありますね。たとえば、週刊の漫画雑誌などは、表紙に隙間なく文字がレイアウトされているじゃないですか。あれはあれで良い世界ですが、私には、たぶんできない。やりたいと思ったとしても、能力としてできない。だからシンプルなものになる、ということもあります。洋服でも、いろいろな装飾があって心に触れてくるような服もあれば、シンプルで、肌触りがよくて、「近づいたらわかる」といった良さもありますよね。私にできるのだとしたら、後者なのだと思います。

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日比谷シャンテ内にある、「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE(日比谷コテージ)」は、お店のロゴやブックカバーなどのデザインを名久井さんが担当。そのロゴは、本が屋根になった山小屋だそう。「ちいさな山小屋、別荘」の意味を持つ「COTTAGE」と名付けられた書店は、忙しい生活のなかですこし立ち止まり、つかのま、くるろげる場所。日比谷という立地ならではの「宝塚」棚をはじめ、テーマ性に沿って本が集められている棚を見ていると、書店員さんの本への確かなまなざしを感じられる。ここは、本とのドキドキした出会いをつくる工夫が盛りだくさんの本屋さんだ。

―なるほど。

名久井 私の目標は「本屋さんで目立って、家では目立たない本」をつくることです。本屋さんでは、なんとなく気を引いて、ん? と思ってもらいたいけれど、家の本棚では、すっと馴染むものであって欲しい。それがうまくできているのもあれば、できてないのもあると思うけれど、目標とするのはそういう本です。

―書店でどう見えるか。そして、持ち帰った家でどう馴染むのか。

名久井 すべてのプロダクトがそうですよね。売り場でどう見えるかと、それが個別の人の手に渡ったとき。ふたつの空間に関係があると思います。私は、個人の手に渡ったときに、本がどういう存在感を持つのかを気にしているかもしれません。

―しかし、カバーに付属する帯などは、宣伝の役割もあるし、いろんな人の思いが入ってきそうですよね。

名久井 そうですね。その部分はデリケートで、編集者とよく相談をします。ブックデザイナーって、たいてい途中から入るんですよ。編集者は、小説が生まれる前から著者と関わっていて、「次は、こんな話にしませんか」という段階から、著者とやり取りをしています。

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―名久井さんに声がかかるのは、本の内容がある程度決まってきてからなんですね。

名久井 そうです。小説なら、私にゲラが来て、それがほとんどできあがった頃には、著者と編集者は、もうフレッシュな気持ちではないんです。悪い言い方をすると。となると、デザインの方向性や、帯の言葉、その情報量などが、知ってる人目線になってしまうことがある。そんなとき、私には、「それ、分からないですよ」って言う役割があると思っています。作品のどこを良い部分として発見して、どうデザインに反映するか。私は「途中から入ってきた人」として、冷静に考えられる立場なのかもしれません。

―名久井さんが目指すお手本というか、理想の装丁はあるんでしょうか。

名久井 それはないですね。たとえば、「いつかはエベレストに登りたい」というような、ある一つの軸の延長でたどり着けるような目標が、とても持ちづらい仕事なんですよ。毎回、違うものを作っているし、なにが達成されるとよいかは、本によって違ってくる。

―どんなデザインがいいのか、アイデアが出てこないときはあるのでしょうか。

名久井 あまりないかもしません。ただ、もし出てこなかったら、作品を読めばいいと思っています。というのも、自分のなかに答えはない。私がする判断は、作品そのものが持っている温度というか、質感に合った素材を選んで、作品の乗り物をつくることです。悩んだときは、作品にもう一度触れたらいいのだと思っています。

―仕事に関係して、最近嬉しかったことはありますか?

名久井 チョ・ナムジュさんの『82年生まれ、キム・ジヨン』の日本版をデザインしたのですが、それは、韓国で出版されたものとデザインが全然違うんですよ。この本は、今、世界中で売れていて、続々と、いろんな国で翻訳版の出版がされているんだけど、いくつかの国で、私の日本版デザインを使って頂いていたんです。もちろん絵がよかったからなんですけれども。でもそれは嬉しかった。伝わるものなんだなと思いました。

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―デザインをするなかで、いちばん楽しい作業は?

名久井 「花布(はなぎれ)」を決めるときですね。ただ、楽しいポイントは他にもいっぱいある仕事なんです。最初にゲラを読むとき、まだ2、3人しか読んでないものが、読める。まだ誰も見ていない絵の原画を、私だけ見ているとか。そういう、ウハウハポイントは沢山ある。それに、何冊作っていても、本が立体になって出来上がってくるのは嬉しいし、それが書店や図書館に並んだり、持っている人と出会うのも嬉しいです。

―名久井さんは、大学を卒業後、大手広告代理店で、広告やコマーシャルのアートディレクターとしてお勤めだったと伺っています。

名久井 会社で勤めているとき、友人に、自費出版の本のデザインを頼まれたことがきっかけになり、本のお仕事をいただくようになりました。2年間くらい、会社員をしながらやっていき、100万円溜まったときに退社したんです。

―そうしようと決めていたんですか?

名久井 はい、100万円が溜まったら辞めようと。当時、100万円あれば、家賃などの色々な支出も、ある程度はどうにかなると思っていました。それまで、ブックデザインのキャリアはゼロで、やりながら勉強をしました。広告代理店にいた頃は、大きなクライアントさんとも仕事をさせていただき、恵まれていましたが、なんとなく、「手応えがないな」という感じがあったんです。広告って、商品が良くて売れたのか、広告が良くて売れたのか、その答えはないんですよ。もちろん、数字としては、その答えを出そうとはするんですけど。商品がよかったら、口コミで売れるっていうこともあるし、逆に、ものがいいものでなくても、広告で売れることもある。売れたとしても、それが買う人にとっていい影響がある商品なのかどうか、正直、これはいいものだ、と自分自身で思えないものもありました。それは、嘘をついている気がするというか、ちょっと心が疲れるというか、モヤっとした感覚がずっとあったんです。

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名久井さんが作者として制作した絵本『100』(福音館書店 井上佐由起・写真)

―本はお好きだったんでしょうか?

名久井 昔から本は大好きでしたね。でも、親は全然読まないし、家に本はなかった。絵本も、自分が買ってもらったってのは3、4冊です。だから、図書館にはしょっちゅう行っていました。ときには何度も同じ本を借りて読んだり。

―どんなジャンルの本が多かったですか?

名久井 物語です。私はフィクションの話が大好きなんですよ。子どもの頃って、どんな子にも辛いときがあると思うんですが、救ってくれたのは物語でした。フィクションは、大人にとっても大切だと思うし、映画でもいいんだけど、自分の世界じゃない世界にいける扉があるのは、すごく大事だと思うんです。紙芝居も好きで、紙芝居もよく図書館で借りていましたね。

―当時、物語に加えて、本の姿やかたち、ブックデザインに魅了される経験はありましたか?

名久井 衝撃を受けたのは、菊地信義さんの装丁で小学館から出ていた『昭和文学全集』です。小学生のとき、この本を手に取って、これは綺麗な本だ、と確信しました。箱から出すと、赤い表紙に金色の模様が入っていて、天金がされいる。ページをめくるたびに、くっついた金が剥がれる音がするんです。そのかすかな音を聞くのは、新雪に足を踏み入れるような感覚でした。自分がいちばん最初にページを開いている、そう思えてくる。とにかく圧倒的で、すごく感動しましたね。その本がきっかけで読んだ安部公房は、ずっと好きな作家です。

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取材では、「日比谷図書文化館」へ。ここは、名久井さんが中学生のときに感銘を受けたブックデザイナーである祖父江慎さんの展示が行われるなど、書籍にまつわる文化も発信している複合文化施設です。カフェやレストランも併設され、緑豊かな公園を望む窓が気持ちいい図書館で、1日中のんびり過ごせてしまいそう。

―今、そんな大好きな本をかたちにする仕事をしていて、やりがいを感じるのは、どういったときなのでしょうか?

名久井 「やりがい」と言えるかわからないけど、自分がブックデザインの仕事について思うのは、つくづく、「途中」の仕事だなあ、ということです。たとえば、夏目漱石の『坊ちゃん』をどんな表紙で読んだかを聞いたら、人それぞれ、違うデザインの本を答える可能性が高い。文章は、いろんな世代で、違う乗り物に乗って後世に伝わっていくもので、私が関わるのも、その途中。新しく世に出る本は、私が最初に担当します。過去にすごく素敵な装丁で読み継がれてきた本を、私がバトンを受け取って、デザインすることもあります。単行本が、文庫本になるときもそう。自分にまわってきたバトンを絶やさずに、「次まで残ってくれ」と思いながら、デザインをしています。

―著者が書き出した物語が、読み継がれていくための乗り物づくりが、ブックデザインなんですね。

名久井 私がさっき言った「売れたい」というのは、数で本を残す方法です。たくさん売れたら、どこかの家に残っていたりして、多くの種が撒いてあるから後々残りやすい。それだけでなくて、質感で残すこともできる。質を高くつくり、捨てにくい本にする。すると、少量だとしても、大事にされて残る可能性が高い。古本屋さんに流れていったりして。そういう意味で、自分が途中を担っていると思って仕事をするのは、やりがいもあるし、気楽でもあるなって思うんです。あとの人がもっと素敵にしてくれることを想像すると、それもワクワクします。

―その感覚ってすごいですね。すごく広がりのあるスパンのなかで仕事をなさっている。

名久井 本はわかりやすく、そういった時間のなかにあるメディアですよね。自分がデザインをした本が残ったら、作品が保存されることになるし、いつかは別のブックデザイナーにバトンタッチされて、新しい乗り物に乗り換えるかもしれない。でもね、きっとどんな仕事も、なにかの「途中」を担っているのではないか、と思います。これって、とても健やかだと思いますね。

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  • 名久井直子(なくいなおこ)

    1976年、岩手県盛岡市生まれ。ブックデザイナー。武蔵野美術大学を卒業後、広告代理店勤務を経て、2005年よりフリーランスとして活動。文芸作品を中心に、絵本や漫画、写真集などを幅広く手がける。第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。