あなたにとって最高の一日にしよう / メイソン・カリー 日本語版
#ESSAY

あなたにとって最高の一日にしよう / メイソン・カリー

日本語版

Text by Mason Currey
Translation by Fumiko Ishida
Illustration by Setsuko Hori

コロナウイルスによって従来の日常が根本から覆されるなかで、規則的な日課に従って安定を見出すべきか、それともこの機会に思い切って、ありえないほど自由奔放な毎日を送るべきか。

──メイソン・カリー

 私はこれまでに、小説家や画家、詩人、作曲家、彫刻家、映画監督、哲学者など、偉大なクリエイターの日課や仕事の習慣を紹介した本を2冊出版している。そのおかげで、効果的な日課を構築する方法についてアドバイスを求められることが多い。新型コロナウイルスの世界的蔓延によって、多くの人々の日常生活が根本から覆されてしまった現在、その手のアドバイスは以前にも増して、今日的な意義を持つようになっているらしい。

 しかし、正直なところ、私はずっとそういったアドバイスを考え出すのに苦労してきた。じつは、私が調査してきた有名な作家や芸術家たちは、必ずしもよい〟日課に従っていたわけではない。多くは、ほとんど四六時中仕事をし、それぞれの創造的な課題を一心不乱に追求していた。その結果、人間関係が損なわれたり、金銭的に破綻したり、体や心を病む人も多かった。さらに、彼らが仕事をやり遂げるために採用していた方法は、必ずしも生産性を上げるために確実な方法ではなかった。たとえば、ベートーヴェンは毎朝飲むコーヒーのために、ぴったり60粒のコーヒー豆を数えていた。作家のトーマス・ウルフは、冷蔵庫の上を机がわりに使い、行き詰まったときには、インスピレーションを得るために、みずからの肉体の‶男性的構造〟をうっとりともてあそんでいた。18世紀のドイツの作家フリードリヒ・シラーは、仕事部屋の引き出しのひとつに、腐ったリンゴをいっぱい詰めこんでいた。本人曰く、リンゴが腐敗していくにおいが、執筆を促す刺激として必要だったからだ。

 それでも私は、あえてアドバイスを求められれば、既存の知識に基づいて、基本的なガイドラインをいくつか作成することができた。アーティストを志す人に向けた私のアドバイスは、たとえばこんなものだ。まず、自分は一日のうちのどの時間帯にいちばんよい仕事ができるかを知り、毎日その時間帯からできるだけ多くの時間を仕事のために確保する。また、同じ行為を繰り返すことによって生じる力を利用する。それは、村上春樹の言葉を借りれば、繰り返し行う習慣的行為によって「自分に催眠術をかけ、より深い精神状態にもっていく」ことであり、そういうトランス状態に自由に行き来できるようにすることだ。もし、毎日習慣的に行っていることがなければ、散歩をするとよい。散歩は新しいアイデアを生み出したり、創造上の壁を突破したりするのに驚くべき力を発揮する。昼寝をするのもいいだろう。コーヒーはさらによい。どこからともなくインスピレーションが湧いてくるという考えを捨てて、規則正しい毎日の習慣を築けば、それを通じてときにはインスピレーションが到来することもあるだろう。最後に、例の腐ったリンゴのにおいの好きなシラーの言葉を引用しよう。友人に宛てた手紙の中で、彼はこう述べている。「我々は貴重な財産──時間──を軽んじてきた。時間の使い方を工夫することによって、我々は自分をすばらしい存在に変えることができる」

 これらはどれも〝悪い〟アドバイスではない。困難な時期に決まり切った日課に頼るのは、ちっとも恥ずかしいことではない。気分が大きく変動しがちな人や、とつぜん激しい不安に襲われたりする人にとってはとくにそうだ。(「私はほんの1時間のうちに天国へ昇ったかと思うと地獄へ突き落される。それでも生き永らえているのは、いかにあがいても変えようのない日課を自らに課しているからにほかならない」詩人のメイ・サートンは、1974年のJournal of a Solitude(邦訳版:独り居の日記)の中の最初の日記にそう記している。この本はまさにいま読む価値のある本だ。)しかし、コロナウイルスの蔓延によって、私がつね日ごろ垂れてきた能書きは、いちじるしく時代にそぐわなくなってしまったように思う。世界中でソーシャルディスタンスが要請されるようになって、テレワークの有効性がいきなり実地で試されるような事態におちいっているが、世の中で起こっているのはそれだけではない。私の感触では、「生産性をつねに向上させることが絶対的な善であり、人の価値をはかる大まかな尺度である」という資本主義的価値観に対して、人々の信頼が薄れつつある(その信頼はコロナ以前からすでにぐらついていた)。そしてその結果、既成概念にとらわれない発想が求められているのだ。

 幸いなことに、その手の発想のヒントを得るためには、西洋の古典とみなされるような傑作を生み出した、本物の奇人変人にあたるのがいちばんだろう。もしあなたが孤独を楽しんだり、安心感を得るために手の込んだ儀式をつくり上げたり、奇妙な日課や迷信的習慣に固執したり、友人や愛する人との間に侵すことのできない境界線を設けたり──要するに、自分の感性や野心や本能にまかせて毎日を送り、あとは野となれ山となれという人生のお手本を探しているなら、そういう天才たちに勝るものはない。

 そこで、通常の生活のくびきから解き放たれて、必ずしも急いでもとに戻りたくはないという向きのために、天才たちの日常に関する私のリサーチの中から、既存の枠にはまらない行動様式や対処法の例を選りすぐって紹介しよう。それは、ソーシャルディスタンスを維持している間なら、大部分はまねできるかもしれないが、実行可能なアドバイスとみなさないほうが無難かもしれない。それよりは、あなたの毎日を、職場のシフトや学校の時間割や勤務時間などに縛られることさえなければ、自然とそうなるであろう形にするためのヒントとみなしてほしい。いまの事態がすっかり収束したときに、世界がどのようになっているかは誰にもわからない。もしあなたがいま(新しいライフスタイルを)実験できる立場にあるなら、その許可を自分に与えてみてはいかがだろう。

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早起きした朝は

 ベンジャミン・フランクリンは晩年、毎日の入浴の効能を堅く信じていた──しかし、入浴といっても水の風呂に入るのではない。当時は冷水浴が体によい刺激を与えると考えられていたが、フランクリンは冷水が体に与えるショックは強すぎると信じており、手紙で次のように書いている。「水よりは冷たい空気を浴びるほうが自分の体にはずっとよいことに気づいた」そこで彼はほとんど毎日、朝早く起きて、なにも身に着けずに自室で30分から1時間すわり、読書や書き物をした。そのあと、ときにはベッドに戻って、「1、2時間、このうえなく快適な眠りにつく」こともあった。

寝床で過ごす

 イギリスの詩人イーディス・シットウェルは、ベッドの中で、午前5時半から6時に書くのを好んだ。「女はみんな、週に1日はベッドで過ごすべきよ」シットウェルはそういっている。仕事に熱中しているときは、自分自身のアドバイスに従って、午前中も午後もずっとベッドで過ごした。そしてしまいには、本人曰く、「疲れ切って、ベッドの上で口を開けて横になることしかできなくなってしまう」

ドレスアップする(誰にも会わなくても)

 チリ系アメリカ人の小説家イサベル・アジェンデは、朝6時に起きて、飼い犬といっしょにコーヒーを飲む。そのあとの行動について、2016年のインタビューで、こういっている。「着替えて、メイクをして、ハイヒールをはくの。誰かに会う予定がなくてもそうする。化粧して身だしなみを整えると、1日が始まったという気持ちになれるから。パジャマのままでいたら、なにもする気がしないわ」映画監督で作家でもあるミランダ・ジュライも、ほぼ同じことをしている。平日はたいてい自分のオフィスでひとりで仕事をしているが、毎朝、身だしなみには十分に気をつけている。「服が好きだし、服にはちょっとした抗うつ剤のような効果があると思う」とジュライはいう。「視線を落として服地を見るだけで、自分は社会に適応しているなという感じがするの。たとえ実際は社会に出ていなくても」

朝寝も悪くない

 ピカソはパリのクリシー大通りにある高級アパートに住んでいたとき、大きくて開放的なアトリエの中に誰も入れず、画材やがらくたやの山や珍しいペットたちに囲まれて過ごした。ペットには犬が1匹、シャム猫が3匹、モニナという名のサルが1匹いた。宵っ張りのピカソは午後2時にアトリエに入って、それから少なくとも日が暮れるまで出てこなかった。

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夜は好きなように過ごす

 カナダ人ピアニストのグレン・グールドは、変わった生活スケジュールを好み、それについてカナダのテレビのドキュメンタリー番組で語っている。

僕はきわめて夜型の生活を送っている。その理由はおもに、日光があまり好きではないからだ。実際、明るい色はどんな色でも気分を落ちこませる。僕の気分はだいたい、どんな日も、空の晴れぐあいと反比例するんだ。僕の個人的モットーは、「銀色の光の向こうには必ず暗雲がある」だ。だから、用事はできるだけ遅い時間に設定して、夕暮れにコウモリやアライグマといっしょに活動を始めるようにしている。

子供たちさえ許せば

 ブルックリン生まれの彫刻家リラ・カッツェンは、アーティストとして認められだした時期と、母親としてふたりの幼い子供の世話をしなければならない時期が重なった。当時、彼女はボルチモアの自宅の2階をアトリエとして使っていて、子供たちが寝たあとの夜に仕事をしていた。「午後8時から午前2時まで仕事をしていたのよ」カッツェンはそういい、子供たちの昼寝の間も、こっそり2階へ上がって仕事をしていた、と付け加えている。仕事をしている最中に子供が目を覚まして、なにかしたがったら、「ほら、クレヨンと紙をあげるわ」と大声でいって、階段の下へクレヨンと紙を放り投げた。

外出する

 雑誌『ニューヨーカー』の1934年の記事に詳しく書かれているように、ガートルード・スタインは、長年のパートナーのアリス・B・トクラスが運転する車でフランスの田舎をあちこちまわり、執筆のための最適の環境を探した。

ミス・スタインは(入浴後、バスローブを着てしばらく執筆するが)、服に着替えたあとは、戸外で執筆するのを好んだ。とくに(フランス東端にある)アンの田舎に来てからはそうだった。そこにはたくさんの岩があり、牛がいて、ミス・スタインは執筆の合い間に岩や牛を見るのが好きだったからだ。ふたりはフォード車であちこちまわり、よい場所が見つかると、ミス・スタインは車を降り、鉛筆とノートをもって、キャンプ用の椅子にすわる。いっぽうミス・トクラスは勇敢にも牛を小枝で鞭打って、ミス・スタインの視界のなかへ入れる。もし牛がミス・スタインの気に入るように動かなかったら、ふたりは車に乗ってほかの牛を探しにいく。ミス・スタインはインスピレーションが湧くと、15分ほどで詩を書きあげてしまう。だが、ただすわって牛を見ているだけで、なにも書かないこともある。

結論:変な自分を受け入れる

 これらの例の多くには、多少ばかげた行動も含まれている。それは驚くべきことではない。創造的な仕事は、ほとんど必ずといっていいほど、試行錯誤の繰り返しだ。うまくいきそうなことが見つかれば、たとえそれがちょっとばかばかしかったり、異様な感じがしたりしても、熱心にやり続けるのが理にかなっている(ベンジャミン・フランクリンの空気浴や、ガートルード・スタインの牛の例を見よ)。もちろん、世間は天才的なアーティストがちょっと変わっていることを承知している。だから、彼らは我々一般人よりも、自分のばかげた側面を受け入れるのが容易かもしれない。しかし私は、どんな人であっても、そういう自由な行動を自分自身に許すところに本当の才能が見出せるのではないかと思う。まずは、自分の特異な点、風変わりな点に注目することから始めてみよう。あなたはどんなときにいちばん創造性が高まったり、頭が冴えたり、仕事に集中できたりするだろうか? 人によっては、夜遅くだったり、朝ランニングをしたあとだったり、シャワーを浴びているときだったり、特定の服を着ているときだったり、ベッドのなかで紅茶を飲んでいるときだったり、図書館やカフェなどの混雑した公共スペースにいるときだったり、たいへんな夜更かしをしたあとだったりするかもしれない(画家のフランシス・ベーコンは、二日酔いのときがいちばんよく仕事ができるといっていた)。それがわかれば、そういう理想的な状況を、いつでも、意図的につくれるようにするために、できるだけ努力するといい。そうすれば驚きの結果が得られるかもしれない。

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今回のエッセイの原案であるメイソン・カリー氏の著書『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』『天才たちの日課 女性編 自由な彼女たちの必ずしも自由でない日常』はフィルムアート社より発売中です。

  • Mason Currey (メイソン・カリー)

    ロサンゼルス在住のライター、編集者。300人以上の天才の習慣を記録した『天才たちの日課──クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』の著者。ライターとして、The New Yorker、The AtlanticThe New York TimesSlateなどへの寄稿でも知られる。さらに、現代社会におけるクリエイティビティの浮き沈みをテーマにしたメールマガジン『Subtle Maneuvers』を週刊で配信中。(写真:Rebecca Veit)